87.王子の反応
カール5世の執務机の向かい側に第一王子アドレーをはじめとする3兄妹が並んで座っている。
アンナは若干膨れっ面で父を睨んでいた。宰相のタミルも傍に控えている。
先日暗号文を携えたタミルが息を切らせ執務室に駆け込み、将軍サカキがただ一人、ナティアに無事到着したことが告げられた。ノマダス国王の親書も受け取ったとの事だ。旅の成果については王都に戻り、王に直接報告するとのことだった。それを聞きカール5世は王子たちを呼び寄せたのだった。
アンナが不機嫌なのには理由がある。アンナは報告が来る前に父の元を訪れ、サカキやルーポトの消息を尋ねていた。しかしはぐらかされただけではなく、王子たちにもルーポトの存在を明かすことをカール5世が決心したためだった。
兄妹の中で自分だけが知る「魔王」の存在に優越感を感じていたが、それが終わってしまうために悔しがっていたのだ。
もっともカール5世自身、そろそろアドレーやルーファスにルーポトの存在を明かすべきだと考えていた。ノマダス、シュマルハウト両国が親書を取り交わし和平に向けて動き出そうかと言う状況である。王子、王女にも何らかの役割が課される可能性もある。王族として心構えが必要だろう。アンナが膨れたのには慌てたが、アンナ自身も自分のわがままにすぎないことはわかっているだろう。
「父上、どうなさいましたか。3人ともお呼びたてとは珍しい」
最初に口を開いたのはアドレーであった。大きな体に好奇心を漲らせている。今からする話は彼の好奇心を充分満たせる話だ。息子たちはどのような反応をするだろうかと内心楽しみでもあった。カール5世は身を乗り出し手を組んだ。
「ノマダスは知っているな」
アドレーとルーファスは意表をつかれたようだった。日頃宮廷、王立学校でもノマダスは頻繁に話題に上るような国では無い。言うなればおとぎ話にも近い、実感の伴わない印象である。
「…それは、知ってはいますが…魔族どもの国です」
「現在は鎖国しております」
二人の答えにカール5世は頷いた。
「うむ。他に知っていることはあるか?」
アドレーが目を泳がせルーファスを見た。ルーファスが笑みを浮かべ口を開いた。
「200年前にイプロス以下4人の英雄が数千の兵とともに魔界の大門から進軍し、ノマダスに進軍しました。魔王との戦いの末、討伐に成功しましたが大魔道士グリエラを失い、混乱の中ノマダスを辛くも脱出しシュマルハウトに凱旋を果たしたと伝えられています。この辺りの知識は歴史書や『英雄の旅』に載ってるので誰でも知ってる程度の内容でしょう。そして今もなおシュマルハウト含め各国はノマダス周辺に砦を建て、密かに監視している…と言ったところでしょうか」
「私も同じです」
アドレーが堂々と言い放ちアンナが声をあげて笑った。じろりと睨む兄に舌を出し肩をすくめた。アンナはこんな兄が割と好きである。弟に弁舌滑らかに喋らせ、堂々と自分も言ったような顔ができる。この厚かましさは王の資質なのかもしれない、と考えていた。
「そのノマダスとの間で、和平の話がある」
「わへ…」
ツンと澄ましているアンナの隣でアドレーとルーファスは目を丸くした。二人の顔を見てカール5世はほくそ笑む。彼らからして見れば子供の頃から恐ろしさを伝えられてはいるものの、ノマダスは200年も前から接触もない実在さえ疑いたくなるような存在である。呆気に取られるのも無理はないだろう。
「魔族から接触があったと言う事ですか!?」
ルーファスが落ち着いた声で尋ねた。アドレーも目を見開き王が口を開くのを待っていた。
「ああ、魔王からな」
「…」
カール5世が笑いを含んだ声で言ったが、二人は眉をひそめ無言で顔を見合わせた。あまりに馬鹿げた話に父が冗談でも言っているのかと思ったのだ。しかしカール5世は二人の反応を伺うように鋭い視線を向けており、その隣で控えるタミルも静かに王子たちを見ている。その様子にようやく事の重大さに気がついたのだ。
「と…ということは、父上と魔王がどこかで密かに会われたと言うのですか!?」
「まさにこの部屋だ。10年前に突然現れた。全ての警備をものともせずにな」
カール5世の話は二人を驚愕させるのに十分だった。
10年前突如魔王がシュマルハウト王国の中枢に現れ、その後王立図書館の重要書物庫を始めとした最強の警備を誇る場所を自由自在に行き来していたと言うのだ。そしてこちらにはそれを止める手立てがない。魔王がその気になればいつでもこの国の土台を破壊できる。俄には信じがたい話であったが、タミルが「全く屈辱的なことですが事実です」と冷静に答え、事態の深刻さが伺えた。
「ノマダス国王ルーポト、まだ確証は得られておらずあくまで自称だが、ルーポトはこちらに和平を提示しノマダスに使節を送るように要請してきた。そして派遣したのがサカキ将軍だ」
「サカキ将軍!そんな我が国の重要人物をいきなりノマダスに送って大丈夫だったのですか」
アドレーが驚愕の叫びを上げる。サカキがいない理由がわかり、この事実にはアンナも驚いた。
「いつでも我々を討つことが出来る存在がそれをせず、和平を提示し10年がたった。そして将軍の目でノマダスを直接見てもらおうと判断したのだ。思い切った決断だった。そして先日ついにノマダスからナティアに戻ってきたと言う報告が届いた。あと十数日もすればノマダス王の親書を携え王都に戻るはずだ」
「では今は魔王はここにはいないのですか」
アドレーは期待に満ちた目で尋ねた。会えるものなら是非あってみたい。
「多分ノマダスにいると思われる。しかし我々には窺い知れん」
「ではサカキ殿がもどられたら本格的に和平に動き出すおつもりですか」
アドレーが興奮に身を乗り出した。
「サカキの報告によるがその可能性は高いだろう、今後お前たちも私の名代として仕事をしてもらうこともあるかも知れん。だからこそ、今のうちに話を伝えておきたかったのだ」
アドレーとルーファス、そしてアンナも期待に満ちた目になった。
「すげえ、和平がなればこの国に魔族が来るかも知れないんですね」
「そうだ。アドレー、今後は魔王ではなくノマダス王、魔族はアンティノキアと呼ぶようにせよ。過去に軋轢はあれど礼儀は礼儀だ」
「は」
「しかし10年も前からこんなとんでもないことが起きていたとは…」
ルーファスがため息をついて首を振った。
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