86.税金
「こ…こちらです」
クロム領主屋敷の執務室。アールスに向かい合っていたファーミアは、震える手で書類を差し出した。
「…」
偉そうに眺めては見たものの、アールスにはさっぱりわからない数字の羅列であった。
アールスが5日前に頼んだ贅沢品の売却益、税金の計算が記されている書類である。ナイガが領主だったときにはまるで考慮されていなかった道の整備や医療、防災などの予算も概算で盛り込まれているらしい。アンナなら即座に理解するのだろうか、と故郷の空を思った。
後ろで退屈そうに腕を組んでいるポポロにも渡そうとしたが、嫌そうに首を振り頑として受け取らなかった。
「ファーミアさん」
「は…はい」
「全く分からないので、子供に教えるように解説願いたい」
「…じゃあ3分の1くらいになるのか…」
説明を受けたアールスは頷いた。
「はい」
執務室にあった贅沢品は売り払えばかなりの額になり、税金も現在の3分の1ほどで十分クロム領を運営できるということだった。
あらためてナイガの悪辣さが浮き彫りとなった。
「ナイガってのは最悪な野郎だな」
「殺しとけば良かったわね」
前にも聞いたような会話にファーミアはびくりとしてアールスを見た。
「次の徴税ってだいぶ先でしたよね」
「はい」
ファーミアによると最近徴税が行われたばかりで、次はほぼ1年後となる。
「じゃあとりあえず来年の税金は今までの半分にしましょう」
「え」
アールスが書類を返しあっさりそう言うとファーミアは唖然とした。
「半分にして…いいんですか?」
「大丈夫なんですよね。3分の1でも大丈夫なら、半分でもまだ余裕があるってことですよね」
まだ完全に理解できているわけではないアールスは、念を押して尋ねた。
「そ…そうです」
ファーミアは慌てて首肯する。
「その分私服を肥やそうなんて思ってませんよ」
「そ…そんな」
軽口を叩くアールスに手と首をブンブン振ってファーミアは慌てて見せた。
「取りすぎた分で何かクロムに役立つことを考えたいんです。ファーミアさんは計算は学校で習ったんですか?」
「いえ…学校なんて、子供の頃物知りのお爺さんに有志で教わっただけです」
クロム領には子供が学べるような学校はないとのことだった。ファマトゥにいくつかあるだけで、地方にはないらしい。
「例えば学校とか作れないかなと思っています」
「学校!」
辺境のクロム領に学校。ファーミアは目を見開いた。
「計算とか文字とか魔道とか…子供たちが学べる場所を作りたいです」
「私はまだクロムについては知らないことばかりです。屋敷の人だけでなく、できれば住民たちにも改善できることはないのか聞いてみたい。明日から色々尋ね回ろうと思います。ファーミアさんも一緒にお願いします」
「は…はい!」
「じゃあ今年はもうたくさんの税金を取っちゃったんだな…今更返すのって手間ですよね?」
「そうですね。今から計算して各戸に返すのは時間も手間もかかります」
「じゃあ貰っちゃおう。クロム領に使わせてもらおう」
ファーミアはあっけにとられてアールスを見ていた。前の領主とは全く違うことは確かである。卑劣な人間が領主になったと決まった時はどうなることかと暗澹たる気分になっていたが、今のところひどい目にあってはいない。まだ相手は人間であるため油断はできないが、以前よりも晴れやかな気持ちではあった。
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