84.挨拶
ゴードンと兵士たちは驚いて、砦の階段を見た。
魔道士のローブをまとい、フードを被った男が姿を見せた。
「クロム領主よ」
ポポロは先ほどの怒りを忘れたかのように、ニヤリと笑った。
ゴードンには普通の人間そのものに見えた。砦に10日に1度やってくる魔道士バネルよりも、いくらか身なりはいいようだ。少し痩せ気味だが精悍な面構えをしている。
「いや、険しい場所ですね。また帰らなきゃならないと思ったらゾッとする」
クロム領主は額に浮いた汗を拭きながら言った。
背の高さもゴードンと変わらず、背中に翼もない。こんなアンティノキアもいるのかとゴードンは驚いた。もし人里に降りても見分けがつかないぞ、とゴードンは寒気を覚えた。
とはいえ領主自らが砦に訪れたのだ。礼は尽くさねばならないと姿勢を正し跪いた。
「領主様自らわざわざおいで頂き恐縮です。私はシュマルハウト王国兵士長のゴードンと申します。このような場所に砦を築いた無礼、何卒ご容赦頂きたい」
口上を述べている途中から恐怖が込み上げてきた。ひょっとして今死地に立っているのでは、という思いに至ったからだ。アンティノキアを警戒すべき「敵」として監視している砦に、アンティノキアの領主がやってきたのだ。怒りに触れてもおかしくはない。バラドラの部下だというポポロもこちらに敵意はないようだった。クロム領主も同様であることを切に願った。
「いやいや、顔を上げてください」
クロム領主が慌てたように言うのでゴードンは顔を上げると、領主は何とも言いようのない顔でゴードンを見ていた。
「ポポロ殿、私のこと何も言ってないんですか?」
クロム領主は非難めいた声音でポポロに尋ねた。
「新しい領主が砦に来るって言った」
「それだけ?」
「それだけ」
ポポロの返事に領主は苦笑し、ゴードンに近づき、フードをあげた。
「成り行きでクロムの領主になりましたが、私はシュマルハウト王国宮廷魔道士のアールスと言います」
「は?」
ゴードンと兵士たちは、信じられないというように口を開け固まった。
「あの…どういう…」
シュマルハウト?宮廷魔道士?
まさか自国の名前が、ノマダスの領主から出てくるとは思わなかった。
困惑もあらわなゴードンの顔を見て、アールスは(だよな)と苦笑したい気分だった。自分もまだ混乱しているのだ。
アールスは事情を説明した。無論ルーポトの正体は伏せたため強引な説明ではあったが、サカキと共に和平提案の使者としてノマダスに渡り、クロムの状況を目にしたのち、ノマダス国王の了承を得て、クロム領主の座を奪取したことを話した。ゴードン以下兵士たちは目を白黒させて話を聞いていた。
「サ…サカキ様がノマダスに…」
「強ければ地位を奪える!?」
思わず小声で兵士たちは言葉を交わした。
「ポポロ殿、砦の人たちはパルグアン様が未統治地帯に来た時に、万一の事態に備えてカール5世陛下が呼び戻したのです。うちの魔道士長からそう聞いています。」
「あ、そういう事ね」
アールスが取りなしてくれたので、ゴードンは胸を撫で下ろした。
「というわけで、しばらくはクロム領にいる羽目になりそうです。今後ともよろしくお願いします」
アールスが手を差し出し、ゴードンは触れる程度に軽く握り返した。アールスの手には包帯が巻かれていたのだ。
「お怪我を…」
「ああ、この前戦った時のものです。火傷を負いまして」
アールスは苦笑で返した。
「おお、早く治ることを祈ります。こちらこそ末長くよろしくお願いします。もっとも私ともう一人はあと1ヶ月ちょっとで任期を終えてここを去りますが」
「あ、そうなんですか」
ゴードンはクロム砦の任期について説明した。
アールスはゴードンの答えにしばし空を見つめ考える素振りを見せ、ポポロに顔を向けた。
「ポポロ殿、皆さんをクロム領に招くことはできますか?陛下の許可を得た方がいい?」
「いいんじゃないの?領主様のよしなに」
「ほんとかよ」
ポポロの適当極まりない答えに、アールスは思わず口走った。宮廷魔道士などという選りすぐりの人材であり、先ほどまでのとりすました態度から、堅苦しい奴だろうと思っていたが、アールスの素の表情を垣間見て、意外と話せる奴なのではと推測した。
「では近々皆さんをクロム領にお招きしたいと考えています。アンティノキアにも人間に慣れてもらわないとね。改めて招待状を送ります。シュマルハウトの許可もいるでしょうから、戻ったらすぐにでも」
「バラドラ様に美味しいものを持ってきなさいよ」
アールスとポポロはそう言い残し、砦を去っていった。
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