82.領主屋敷
アンティノキアはフルカスと名乗る、執事を務める男だった。鳥のような風貌で、翼も羽毛に包まれている。しなやかな足取りでポポロとアールスを執務室へと案内した。
「うわあ」
執務室へ入ったアールスは思わず声を上げた。一目で贅が尽くされている事がわかった。金や宝石で飾られた調度品が所狭しと並び、一つ一つが高価なものである事がわかった。しかし統一感に欠け、むしろ毒々しい印象で、趣味が良いとは思えなかった。
「ひどいものね」
ポポロも呆れたように声を上げた。アールスのクロムの街の第一印象は、田舎町というに尽き、住民も質素に暮らしているようだった。しかしこの執務室を見ると今まで領民に重税を課し、領主は奢侈を極めていたことがうかがえた。
「バラドラ様もそのうち罰を与える予定だったのよ」
ポポロが言うには、このような所業はバラドラの耳にも届いていたようで、仕事はろくに行わず税を私物化し、娼館に入り浸ることもあったという。摘発の準備を整えているところにサカキの提案が飛び込んできたのだ、とおかしそうに笑った。どの道ナイガの将来は風前の灯であったのだ。
「こんなところ落ち着かないのですが」
人間用の大きさの執務机と椅子はポポロが手配してくれており、それはよかったものの、その他の家具や調度はアンティノキアの寸法となっている。部屋も巨大で、おまけに趣味まで悪く居心地が悪いことこの上なかった。もっと質素で狭い部屋が性に合っていた。
それは「そのうち整えればいい」とポポロに促され、その後は屋敷中を案内された。各部署の責任者に挨拶し、執務に必要な部屋や設備を確認するうち、日が昇り切っていた。
執務室に用意された昼食は、今までのナイガの食事を反映してか、豪華なものだった。宿屋で食べていたものとは大違いである。量自体はアールスを考慮して減らされていたが、それでも食べ切れる量ではなかった。アールスは早速今後は皆と同じものを用意するように指示を出した。
まずは、以前のナイガの奢侈に満ちた生活を大幅に修正する作業に1日を費やした。
「ひどいもんです」
1日が終わり、グッタリと執務室の椅子に腰掛けた。「今より悪くならない」と言ったポポロの言葉がうなずける。ナイガは自分のみに金を費やし、部下や領民には貧しい生活を強要していたのだった。
「やりやすいでしょ」
向かい側に腰を下ろすポポロが皮肉っぽく言った。
「まあ、そうかも」
この分だと普通にしているだけで、あまり頭を働かせなくとも以前よりはマシになりそうである。
翌日、執務室に呼ばれたアンティノキアは大きな書類を抱え、明らかに怯えて入ってきた。背丈はアールスより頭一つ大きい程度で、猫のような姿をしている。アールスとポポロをオロオロと見比べ「ファファ…ファーミアです。おおおお呼びでしょうか」とか細い声で言った。ファーミアはクロム領の財務を担当している。
「財政について今までのナイガ殿のやり方と、今後についてお伺いしたいのです、そのためにお呼びしました。何も怖がることはありません」
「は…はい」
ファーミアは机の上に帳簿を並べた。恐々とアールスを窺いながら説明を始めた。
「…というわけで、できるだけ領民から税を取れるように、調査し、実行する仕事でした」
怯え、つっかえながらもファーミアはなんとか説明を終えた。
「楽しくはなさそうですね」
アールスが尋ねるとファーミアは肩をびくりと動かし、慌てて言い募った。
「申し訳ございません!そんなことは…ないです」
「正直に」
ファーミアは目を丸くしてアールスを見、俯いたがやがて絞り出すようにつぶやいた。
「…やりがいは無いです。楽しくはありません」
アールスはしょんぼりと項垂れるファーミアに丁寧に聞いた。
「意見を言うことはできなかったのですか」
「そんなことをすると殴られます。情けないですが、皆ナイガ様の言いなりだったのです」
強いものが偉いという単純な決まりだが、このような弊害も当然あるのだろう。
「最悪な野郎だな」
「殺しとけば良かったわね」
アールスが思わず舌打ちし、ポポロが続けるとファーミアが身を震わせた。
数日前ナイガは一命を取り留めた、という知らせが届いていた。一見黒焦げであったがおそるべき生命力である。
特に喜ぶ住民はおらず、10年後にまた領主に挑戦するに違いないと言われている。これだけ碌でもない奴と知っていれば、死んでも良かったのではないかとアールスは物騒なことを考えた。10年後にナイガが返り咲いたら最悪である。一人でも倒せるように強くなっておかなければ、とも考えたが10年もここにいるのか?と暗澹たる気持ちにもなる。一番良いのはその時までにナイガよりも強く、志の高い者を見出しておくことだろう。
「まずはこの趣味の悪い部屋を何とかしたいので、クロム領ゆかりの宝とかではなく、単なる贅沢品なら売り払って欲しいです。税金も適正にしたいと思っています。その辺の計画を書類に上手くまとめてできるだけ早くお願いします」
「え」
ファーミアは虚を突かれたように顔を上げた。
「3日でできますか?」
アールスはいい加減な日数を言ってみた。
「いくら何でも3日は…」
ファーミアは再び怯えたように声を震わせた。
「5日」
「な…何とか」
「ではお願いします」
アールスが言うとファーミアはおずおずと顔を上げた。
「あの」
「何でしょう」
「私が考えてもいいのですか」
「それはもう。私は素人なので。領民のためにお願いします」
アールスはあっさりと言い「では5日後楽しみにしています」と添えるとファーミアは飛び上がり、書類をかき集め逃げるように出て行った。
「なかなか板についてるじゃない」
ポポロが驚いたように言うとアールスは苦笑した。
「何でも丸投げする上司を真似ました」
アールスはワトビアの顔を思い浮かべた。
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