80.亜空間
「え!?早いわね」
早々に闘技場から出てきたサカキとアールスを見て、腕を組み、闘技場の壁にもたれて待っていたポポロは、驚いて声を上げた。
「はあ…しかしこれで勝ちということで良いのですか?」
サカキが当惑した面持ちでポポロを見た。ナイガが動かなくなった後、勝ち名乗りがあるわけでもなく、闘技場で勝利を確認できるような印も特に見当たらず、サカキとアールスはどうしたものかと顔を見合わせ、所在なげに闘技場を出てきたのだった。
「そう。あなたたちの勝ちよ。闘技場に相手と入って最初に出てきたものが勝者よ」
ポポロが背筋を伸ばし、サカキとアールスに告げた。
勝負の行方を見るため、闘技場の周りに集まっていたアンティノキアたちはどよめいた。ナイガという悪名高い領主が倒されたが、歓声が上がることはなく、人間が勝利をおさめたことに不安と戸惑いを隠せない様子であった。
「うまく作戦がはまりました」
腕の手当てが終わり、アールスは言った。腕の方はヒリヒリと傷んでいる。この痛みとは、しばらく付き合うことになりそうだ、とアールスは思った。
「へ~どうやったの?」
ポポロが興味津々で聞いてきたが、他国の幹部に易々と戦術を伝えて良いのかアールスは逡巡し、サカキの顔を見た。
「いいのではないか。この方法自体、ルーポト様が先代との戦いで使われた方法を応用したものだ。アールス君が考案しました」
サカキの許可も下り、アールスは説明を始める。
「亜空間を使ったのです」
「ああ『物入れ』ね。陛下が先代の火球から身を護ったやつ」
「そうです」
当時、人間の世界ではグリエラだけが使える技術であったが、それから200年が経ち魔道士たちは研究を重ね、シュマルハウトでは宮廷魔道士など、上級魔道士は使用できる技術となっている。とはいえ現在でも、高度な魔道に位置付けられている。しかし大抵のアンティノキアは使うことができ、昔から「物入れ」として利用していたらしい。
「それでできるだけナイガを怒らせて、より強い火球を放つようにサカキ様と仕向けたのです。恐怖はありましたが」
最初の火球で火傷を負っていたアールスにとって、簡単な決断ではなかった。怒り狂ったナイガの2度めの火球を見た時は、逃げ出したい気持ちが膨れ上がっていた。戦闘時間自体は短かったものの、ナイガは領主の地位につくだけはあり、恐ろしい強さを持っていた。もしルーポトから、先代の魔王を倒した亜空間操作について聞いていなければ、戦いは先の見えない泥沼の様相を呈していただろう。
亜空間操作は、上級魔道士であるアールスにとっても簡単にできるものではなく、術を展開するには時間が必要である。そのためサカキに時間を稼いでもらい、準備を整えたのであった。
「ルーポト様の戦いを応用して、飛んできた火球を亜空間を開き取り込みました」
「うん」
「火球は亜空間内を進み、もう一つ用意しておいた出口から出ます。出口はナイガの頭上です」
「ん?…あ、そうか!なるほど。ひどい!」
ポポロの表情は目まぐるしく変化し、理解すると、アールスを恐ろしい物を見るような目で見た。
ナイガは自分が放った火球を、何もわからないうちに無防備で食らったのだ。
「さすがポポロ殿。すぐに理解なさった。私は実際に見るまでよくわかりませんでした」
サカキは苦笑した。
昨夜作戦を提案された時、サカキはアールスの再三の説明も理解できなかった。
「すまんがわからんな」
サカキが憮然として言った。
「少々お待ちください。実際に体験していただきましょう」
アールスは印を結び長い詠唱を唱えた。しばらくして杖をかざすと、アールスとサカキの間にぽっかりと暗黒が現れた。
「これが…亜空間」
サカキが興味深げに空間に現れた「穴」を覗き込んだ。どこから覗いても暗黒でサカキがアールスに確認し、恐る恐る穴に指を近づけた。暗黒を境に指が消えていく、そのまま手首まで消えてしまった。痛みも特にはない、腕を引くと再び手が現れた。
「この中に我々の荷物などが入っているのか」
「これは別に作った小さな物です。サカキ様、この手巾をこの空間に放り込んでください」
アールスはサカキに手巾を手渡した。
「ここにか?」
「はい」
「よし…では行くぞ」
世界最強の武人と言われるサカキにしては慎重を期した動きに、アールスは苦笑したが、覚悟を決めたのか手巾を勢いよく暗黒に放り込んだ。
「!?」
その直後にサカキの顔に手巾が被さった。サカキは手巾を掴み怪訝そうにアールスを見た。
「上をご覧ください」
「あ」
サカキが上を見ると黒い穴が浮かんでいた。アールスの指示で今度は頭上の穴に手巾を放り込むと、今度は手前の穴から手巾が出てきた。
「なるほど…自分の攻撃を喰らわせようというのか…なるほど、面妖な」
「私の力では、集中して少々長い詠唱が必要ですので、サカキ様には時間を稼いでいただきたいのです」
そうして作戦は採用されたのだった。
「すごいわね…そんなの私だって引っかかるわ…陛下だって…」
ポポロは呆然として言った。
「ポポロ様やルーポト様の本気の攻撃を取り込めるほどの入り口は、私の魔力では作れないでしょう」
アールスは素直に言った。この攻撃は相手には一回しか通用せず、勝負を決める物でなければならない。相手がポポロ以上とあっては、アールスの魔力では足りないと思われた。
「さて、二人にはクロム領主になる資格があるわ」
ポポロが居住まいを正した。
「どちらが領主様になるか決めて欲しいわ」
「それは」
考えるまでもない、サカキである。そうアールスが口を開きかけたが、サカキの方が早かった。
「アールス君です」
よろしければ、評価・ブックマークお願いいたします。
励みになります。




