77.クロム領
クロム領までは10日ほどを要した。
道中サカキとアールスは戦術について話し合い、模擬戦も行いながら連携も確認した。ポポロは「公平ではないから」とナイガの戦い方などの情報を明かすことはしなかったが、二人の手合わせにはつき合った。ポポロは強く、武器、魔道共に強力な使い手で二人で束になっても全く叶わなかった。しかしサカキは自分より強い相手に出会うことなど滅多になく、表情こそ変わらなかったものの、手加減なしに剣を振るえることを心の底から喜んでいるのが伝わってきた。
ポポロもまた、サカキ、アールスの剣技や魔道に関心を示し、技術の全てを引き出そうと、飽きることなく手合わせにつき合った。
時折見晴らしの良い場所では、サカキがペンを取り風景を描いた。一度アールスを隣に立たせ、ポポロの姿も描いた。ポポロはその絵を見て大いに驚いた。
「これはポポロ殿!突然のお越しで。一体どういう…」
クロム領主ナイガがポポロの訪問に驚き、その横に控えるサカキとアールスに鋭い視線を投げた。
一行はクロム領主屋敷の応接間に通されていた。
クロムに着いたのは昼間だったが、空気が重く感じられ活気のない静かな町だった。領主の屋敷だけが堂々たる威容を誇り、豪奢な門が来訪者を威圧するかのようにそびえ立っていた。
「いきなりすまないナイガ殿。シュマルハウトの使者を国元へお送りする道中、案内を任されたのです。この町で一晩宿を取るため、ご挨拶だけでもと思い参上しました」
政を取り仕切るバラドラの副官ポポロは、かなり地位が高いようだ。領主と対等な口をきいた。こいつは式典の時に見たな、とアールスは思った。上背はポポロよりは小さいが邪悪な猪のような面構えで分厚い体躯だ。式典での挨拶の際も、サカキやアールスを完全に見下すような態度に終始しており、甚だ感じの悪い男であった。
「これはこれは…使いの者でも寄越していただければ、おもてなしも出来たのですが、申し訳ない」
「いや、突然来たこちらが悪いのだ。ナイガ殿も式典から戻られたばかりだろうから、気にしないでいただききたい」
舐めるような目つきでポポロを見るナイガにポポロは笑顔で答えた。
「ナイガ殿、式典の折にもお会いしましたが、この町で一晩お世話になります。また明日出立の際に挨拶に伺います」
「…」
サカキが立ち上がり頭を下げたが、ナイガは返事もせず、鼻を鳴らして人間たちを見下ろした。
「どうだアールス君」
宿の一室でサカキがアールスに訪ねた。
「嫌な野郎です」
「あはは」
苦虫を噛み潰したようなアールスの答えにポポロが声を上げて笑った。
「アールス君。他国の領主に対し失礼だ。ポポロ様の前でもある」
サカキは嗜めたがそれほど怒っているようではなかった。口の端が若干緩んでいる。
クロムの街の宿はエルロフ、人間用の大きさの部屋など無く、アールス達にとっては全てが大きい。ポポロだけが椅子に腰掛け、サカキ、アールスはベッドに座っていた。相対的に子供のように見える。
「改めて、どう思う」
重ねて問うサカキにアールスは居住まいを正し、考え込んだ。
「そうですね…俺よりも強い魔力を持っているのは確かです。威圧感は相当なものでした。しかし以前の式典の際も今回も、視線をせわしなく動かしていました。油断ならぬと言うよりは根が臆病ゆえの挙動という印象でした。我々を見る目もあからさまに敵意というより蔑みに満ちていて、感情を隠すのは得手ではないようです。左足を僅かに庇うような動きをしていました。古傷があるのかも」
「え、やだ怖い」
ポポロがアールスを見つめ、不気味なものでも見たかのように呟いた。宮廷魔道士は護衛を旨としている。人物の観察分析は、怪しい者を見つけ出すために最重要な技術として、日頃から訓練されている。
「勝てそうかな」
「それは何とも…しかしポポロ殿程歯が立たないという感じではないと思います。奴がアンティノキアらしく、力まかせのゴリ押しで攻めてくるだけなら、何とかなるかも知れません」
「ふむ…やってみなければわからんか」
「はい」
サカキは考え込んだ。ルーポトから、そして何よりカール5世から無理をするなと言われている。たとえ殺されても文句の言えない戦いである。和平の使者が死者になるなど問題が多すぎる。サカキという人材が失われた場合、必ずシュマルハウトではノマダスによって謀殺されたとの疑いが起き、しこりとなって残るだろう。それはノマダスにとっても和平を進める上で都合が悪いはずである。しかしそのような危険性があるにもかかわらず、止めるでもなくルーポトはナイガの名を挙げた。
「…やってみなければわからないと言うのは、軍を束ねる将軍の立場としてはまずいことだが…先日ルーポト様から伺ったパル様の『やってみなければわからないなら、やることを選ぶ』という言葉は人として響くものがあった」
サカキはそういうとアールスに体を向けた。
「命を落とす可能性もある。決して無理強いはできんが、ナイガ殿が二人で戦うことを了承するなら、私は挑みたい」
アールスはサカキとポポロを見た。サカキの目は決意に満ちており、ポポロはこちらを余裕を持って見ているように見える。我々ならやれると踏んでいるのだろうか。
とはいえ簡単に決断できる訳がない。アールスにとって初めての命のやりとりとなる。本当に死ぬかもしれないのだ。ここに来るまでの魔獣との戦いとは訳が違う。その経験は大いに自信へとつながってはいるが、魔獣との戦いは、いざとなればルーポトが助けてくれるだろうという安心が根底にあった。しかし今回はなんの手助けもなく、サカキとアールスで挑まなければならないのだ。宮廷魔道士となってから、厳しい血反吐を吐くような訓練や模擬戦、また幾度か国内に潜り込んだ間者を摘発するような出来事を経てきたが、シュマルハウトという大国の元、怪我はあったが真に命の危険を感じるほどの局面はなかった。
「簡単には決められません。認めたくはありませんが正直恐ろしいです。勝機が見えるまで、自分が納得できるまで考えられる作戦を全て考え抜きたいです。そうでもないととてもじゃありませんが命懸けの戦いなど出来ません」
アールスの正直な述懐にサカキは頷きアールスの肩に手を置いた。
「その通りだ。考え得る限りの策を尽くそう。無理ならさっぱりやめる」
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