74.速度
イプロスの死後、政はバラドラに任せ、ルーポトは再び旅に出た。ノマダスの王としてより深く人間を知るために。
自由労働者協会にも入り、人と交わり路銀を稼ぎながら各地を旅した。気配を消しては各国の学校に忍び込み子供たちと共に学んだり、図書館などに出入りし、勉学にも勤しんだ。
そして10年ほど前に最終の地と決めていたシュマルハウト王国に入り、カール5世の前に現れたのだった。
「この旅は私に和平の必要性を改めて確信させたものだった」
「どういうことでしょう。それにまだお聞きしていないことがあります」
力強く言ったルーポトにサカキはペンを止め、尋ねた。
「なんだ」
「陛下が以前アールス君に仰った、『私も先代のルーポトも人間を恐れている』と言うことです。先代のルーポト様との戦いの際もそのような事を言っておられた。私もアールス君と同様、強大な力を持つアンティノキアが人間の何を恐れるのかと疑問でした」
アールスも覚えている。ノマダスに向かう途上、未統治地帯での野営の時にルーポトが言った事だ。その時は「おいおい話す」と煙に巻かれたのだった。
「…ちょうど今、言おうと思っていたところだ。私が2度目の旅で改めて恐れたのは人間の速度だ」
幾分硬い声でルーポトは言った。とはいえグリエラの姿の為鈴を鳴らすような声ではあったが。
「人間の…速度」
「お主らとファマトゥに着いたとき、私がなんと言ったが覚えているか?」
「いえ…申し訳ありません」
「『美しい、変わらんな』と言ったのだ」
そう言われてアールスは思い出した。久しぶりに帰ってきたにも関わらず、ルーポトはほとんど感情を見せず、淡々とその言葉を口にしたのだった。
「確かに美しい景色に驚きました。勝手ながらおどろおどろしい景色を想像していましたので」
アールスが言うとルーポトは苦笑した。
「フフフ、大事なのは『変わらんな』の方だ」
「…」
「およそ150年近く旅をしてここに戻ってきたが、それほど景色が変わっていないのだ。この王都は」
ルーポトは街のある方向に目をやる。
「それに比べて、人間の国はどうだ。特にシュマルハウトは私のいた頃は新興の小国であった。それが今では沿海州に至るまで国土を広げ、王都ファルスは人々が盛んに行き交いすべての文化の要衝となっている」
「人間の国・町は訪れる毎に変化している。栄えるばかりではなく、衰退していることもあるが、それでも目まぐるしく変化しているのだ。それだけではない」
そう言ってルーポトはアールスを見た。
「人間達の実力も大きく変化している。例えばお主だ」
「俺…ですか」
「アールス、お主は自分と比べて『人間』の時の大魔道士グリエラの実力をどのように評価する?」
アールスは答えに窮する。なにしろ本人が目の前である。
魔道の塔では、魔王に挑み、若くして命と引き換えに英雄たちと共に魔王を倒したグリエラは、魔道士全ての象徴として尊敬を集めている。技術面での貢献も大きく、亜空間の操作や、魔石のより高度な精製など数多い。当然伝説の偉人として扱われている。
「それは、とんでもない差があるだろうと思います。比べるなど考えられません」
正直な感想だった。伝説の人物と自分を比べようとはいくら宮廷魔導士といえども思えなかった。
「それがそうでもない。戦闘に関して言えば当時のグリエラとお主はほぼ互角だ。ワトビアなら難なく勝つだろう」
「え!?」
「それが人間の200年だ。人間の現在の魔道は200年前とは比べものにならないほど洗練されている」
何せ私が勉強したくなるほどだからな、とルーポトは笑った。いくらなんでも信じ難いとアールスは思ったが、確かな実力を持ち、長い時代を生き人間をよく知るルーポトだからこその意見である。魔道に対する貢献度となると足元にも及ばないにしても、戦闘ならグリエラと互角というルーポトの言は衝撃であった。
「サカキ殿にしてもそうだ。ナイルズよりも体が大きく、剣技もナティアやここまでの道中で見たが、ナイルズに勝てると思う」
「な」
サカキはペンを取り落とした。ナイルズもまた兵士の間では「剣聖」と称され、現在では「酒好き」という逸話は抜け落ち、武人の鑑として人格・剣技の両面で尊敬を得ている。サカキにとってもナイルズに勝てるというのは意想外の事だったろう。
「当時とは栄養状態も変わり、人間も大きくなっている。剣技も積み上げられ、武器自体も精錬技術の向上で、より強力なものになっている。武器といえばシュマルハウトでは火薬を使った『大砲』や『空飛ぶ絨毯』なる物の実験を繰り返しているだろう」
「!」
サカキとアールスは絶句した。しかし侵入できない場所などないと豪語するルーポトである。本気になれば隠しようもないだろう。
大砲は火薬の爆発力で石球を発射する兵器である。シュマルハウトでは現在火薬による兵器の開発に注力している。空飛ぶ絨毯は魔道士が空を飛ぶために開発中のものだ。魔道士が単独で空に浮かぶには多大な魔力が必要で、とても移動まではままならない。そこで帆布に魔石を配置し風の力を利用し、移動を容易にしようと試みている。風の力を余す所なく利用したいために、自由に動き風を孕む帆布が採用され、空飛ぶ絨毯という暗号名で呼ばれているのだ。
「実用化されれば我々も安穏としていられん」
確かに空飛ぶ絨毯は上空からの監視、または攻撃を念頭において開発されている。実用化されれば、他国の脅威となりシュマルハウト王国はますます磐石となるだろう。
「しかし人間相手には脅威かもしれませんが、私はパルグアン殿の飛行を見ました。アンティノキアにとっては脅威とはなりますまい」
「…時間の問題かもしれん」
サカキの困惑にルーポトは真剣な目で答えた。
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