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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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71.グリエラ

 依頼のことなどすっかりと忘れ、赤子として迎えられてから、ひと月が経った。

「うちの子になる?」

 夫人は目に涙を浮かべ、腕に抱いたニファを見つめた。

 当然ながら親は見つからず、ニファは名もなき孤児としてシュマルハウト人に登録された。希望者がいれば引き取ることができる身となった。

 孤児院に移された場合、すぐに姿を消し、元の生活に戻るつもりであった。そう考えていたニファは夫人の言葉に驚いた。そして自分でも理解できない衝動に駆られ夫人の胸に縋りついた。

 

 小さな手が自身の襟元をキュッとつかんだのを見て、夫人は膝を落とし泣き崩れた。

「ごめんなさい…私はひどい女なのよ。あなたの両親が見つからないのを心の底では期待するような…最低な人間なのよ…できればこのまま見つからないで、私達が引き取りたいとそんなことばかり考えるような…」

 夫が夫人の背中を摩り「私も似たようなものだ」と呟いた。控えている侍女達も目頭を抑えている。


 二人がひと月前にニファを拾い上げたのは、専属の医院からの帰り道だった。身分の高い二人は人目を忍び、まだ暗いうちに医院に入り、出てきたところであった。夫人は体が弱く、子を成せぬ身体であることを医師から告げられ、意気消沈していた。その道すがら別の病院の前で鳴き声も立てず静かに目を閉じている赤子に運命を感じ、思わず抱き上げたのだった。


 ニファも夫人の述懐を聞き、胸を締め付けられると同時に温かい気持ちが溢れた。このような気分は初めてで戸惑ったが、この夫婦のもとで過ごしたいという思いは確かなものだった。ニファもまた愛に満ちた絶対的な保護を受けるという立場に飢えていたのだ。かつて本当の赤子の頃育ててくれたガラを思い出し、ちくりと胸が痛んだが、しばらくはこのままでいたかった。


 赤子はグリエラと名付けられた。


 グリエラを家に迎えた屋敷は花が咲いたような明るい雰囲気となった。二人はグリエラを大切に育て、笑い声も絶える事なく、グリエラも幸せな気持ちに包まれた。

 数ヶ月が過ぎ、グリエラであるニファは決心した。自身に術を施し今までの記憶を封印し、二人に本当の親として育てられてみたいと考えたのだ。ニファ自身も赤子の姿でこの精神状態のままだと、いつかほころびが出てしまうだろう。目立った身動きもできないため何より牢獄に囚われているような気分に陥る事もあったのだ。

 人間の寿命は70年程度だろう、アンティノキアにとっては70年は短いとは言わないがさほどのことではない。ニファにとってこの二人を親とし、余計な事を考えず本当に赤子として過ごしてみたいという誘惑は抗い難いものになっていた。


 自分を封印にかける。しばらくはニファとしての人生を忘れ、この二人の娘としての生を生きてみよう。

 70年後だ。70回の夏至を経てグリエラとしての寿命が尽きると同時に、自動的に封印が解けるようにしよう。また、事故や怪我で死に瀕した場合にも解放されるように。可能性はないに等しいだろうが再びノマダスの地を踏んだ場合というのも条件に入れておこう。

 人間としての自然な成長過程を模し、ほんの少しは魔道の素質があるように…とニファはクスリと考えた。

 再び封印が解けたとき全ての記憶と力を取り戻し、思い出を胸に世界を逍遥するとしよう。


 ニファは時間をかけ慎重に術を編み上げた。そしてある満月の日、ニファはゆりかごの中で自分に術をかけ、グリエラという赤子となった。


 二人と召使達はグリエラが孤児であったことなどおくびにも出さず、愛情を持って育て、グリエラもそのような疑問を一瞬たりとも浮かべる事なく成長した。グリエラも遠慮なく二人にわがままを言い、そんな時は二人も遠慮なくグリエラをあやしたり叱った。夫婦自身も普段はグリエラの出自のことなど忘れるほどだった。


 グリエラは長じるにつれ、ほんの少しどころではない魔道の才を発揮し、両親を驚かせた。王立学校においても座学は下から数える方が早かったが魔道では他を寄せ付けず、若くして不世出の大魔道士と呼ばれるほどの力を見せつけた。

 この辺りはニファの調節が甘かったようである。


「実際ノマダスで封印が解けるなんて考えてもみなかったわ」

 イプロスの寝台に腰掛けたグリエラが笑って言った。


 ノマダスの地を踏むと封印が解ける。

 これはニファにとってほんの気まぐれに思いついたことだ。

 人間として、貴族の娘として暮らすことになるグリエラがノマダスの地を再び踏むことなど、万が一にもないだろう。本来なら考慮する必要もない条件である。

 人間としての自分がノマダスに辿り着く。もしそんな事態が訪れるとすれば、余程の異常事態であり、その際には自らの記憶と力を解き放ち、人間、アンティノキアの双方を知るものとして自らの判断で行動しよう_そう思ったのだ。

 とはいえあくまでも現実味のない条件であり、そんなことがあればもうそれは運命、奇跡だろうと気まぐれに考えた_つもりだった。


 ニファの読みを誤らせたのはイプロスたちの登場であった。同じ国、同じ時代に不世出の才能を持つ者たちが現れたのである。それは全くの偶然であった。

 高い戦闘力と魔道を使いこなすイプロス。防御の魔道と知恵を備えたパル。神業とも呼ばれるほどの剣技を身につけたナイルズ。そして大魔道士のグリエラ。一人でも英雄と崇められるほどの存在がシュマルハウト王国に現れ頭角を表したのだ。


 にわかに魔王討伐の機運が高まり、果たしてシュマルハウト国王は選ばれた4人に対し威力偵察、可能であれば魔王討伐の命令を出したのだ。

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