70.赤子
(今の自分なら人間を滅ぼせる…)
自分にその力があることに気づき、ニファは絶句した。
ニファの魔力は元々強いものがあった。そんな中エルロフから魔力の扱い、制御を学び、人間の世界を旅することで、さまざまな戦い方、戦術を実践の中で得てきた。
そこで知ったのは人間の魔力はたかが知れているということだった。大魔道士と尊敬を集める言える人物といえども、ニファから見れば取るに足らず、片手であしらえるだろう。
ニファにとって依頼を受けた仕事に難しいものがあった試しはなく、依頼に納得した場合は汚れ仕事も経験したが、人間の作る警備や防御結界など話にならないものばかりで、容易に突破することができた。ある国の王宮も観察したことがあるが、拍子抜けするほどの防護網であり、王の寝所にも容易く侵入できると確信できた。
ノマダスにおいても魔力を制御していたため、無遠慮に魔力を放つアンティノキア達からは関心を持ってみられる事もなかったが、ニファの見立てでは自分が魔力を全開放すれば、今はまだ魔王には及ばないが、それなりの地位を手に入れられるだろうと考えていた。
普通のアンティノキアなら、搦め手で攻めるという発想そのものがなく、また矜持がそれを許さない。しかし人間の狡猾さも併せ持ちそのような矜持も希薄なニファなら今からでも気配を隠し人間の国々を訪れ、王宮の寝所や高官の館に片っ端から容易に侵入し、国の屋台骨を瞬時に瓦解させることがも不可能ではなかった。
ニファはそれほど強くなっていた。
それを実行してみたい誘惑に駆られることもあったが、そんな時にチラつくのが「良い人間たち」の顔であった。殺しても構わないような人間も山ほどいたが、長い旅により良い人間にも山ほど会った。
ニファはノマダスを離れ、再び人間の世界を旅した。戦場となった街や村にも足を運んだ。なかには酸鼻を極める光景も目にした。しかしアンティノキアとの戦争の最中にあっても、王族、貴族たちは権力闘争に明け暮れ、なかにはアンティノキアの襲来の際も、自らの護衛としてのみ兵を使い、街を見捨てて逃げるものもいたのだ。そんな人間はニファはアンティノキアとして始末した。
一方で民を第一に考え、自らが盾になり市民が逃げる時間を作り、死を賭して戦う貴族や兵士も見た。それはニファの心を揺さぶるものであった。そしてそんな時はニファは人間の旅人として、アンティノキアを倒すこともあったのだ。
やはり人間の本性はわからないが、そのような人間が死ぬのはニファにとっては忍び難いものがあった。
とはいえニファにはどちらの側にも肩入れしようとは考えていなかった。人間にもアンティノキアにも善人悪人がおり、何より自分自身の複雑な立場が中立を保たせていたとも言える。ニファはアンティノキアではあるが生まれた当初より人間の中で長く生活し、人間の思考が身についている。そのため、アンティノキアの単純な性質は心地良くはあるが単純すぎるが故に苛立つこともあった。かといって、人間の考え方はあまりにも複雑で、自らがアンティノキアであるがゆえに、時として恐怖すら感じることもあった。
ただ人間はあまりにも魔力もなく脆弱であり、その脆弱さゆえに、複雑な思考で生き抜かねばならないのかと言う同情めいたものもあったのだ。
そんな事からニファ自身は中立な立場を保ったまま人間とアンティノキアの間を旅し続け、悪人は人間だろうがアンティノキアだろうが始末してやろうと剣呑な事を考えていた。
そんなときにニファに転機が訪れたのだ。
その時ニファはシュマルハウト王国にいた。新興の小国である。
路銀が残り少なくなってきたので、いつものように酒場などで情報を集め、依頼を受けたのだ。ニファは仕事の際は魔道によりさまざまな姿に化ける。仕事の内容や目的に応じて老若男女を問わない。ニファの得意技である。
その依頼は何かと悪い噂のある病院の調査であったと思うが、その時ニファは生後間もないの女児に姿を変えていた。ニファは人通りもない早朝、病院の前で捨てられていると言う体で粗末なおくるみに包まれ待機していると、いきなり抱き上げられたのだ。
ニファ全く不意をつかれ驚いた。油断なく生きてきたニファにとって、気配も感じず触れられることなど初めてのことだった。呆然としていると心から心配そうに見つめる男女の顔が目に入った。身なりはよくシュマルハウトの貴族か豪商の夫婦だろうと思われた。
二人の慈しむようにニファを見る目に、混じり気のない善意は邪念や殺気とは別物でニファでさえ虚をつかれることを学んだ。
二人は赤子姿のニファを抱え、辺りを歩き回り、ともにいた従者も使い赤子の親を探した。当然ニファが化けた姿なので親などいるわけがなかったが必死に親を探す二人の姿に少し罪悪感を覚えた。
日も高くなり周辺の家々や店が目を覚まし始めた頃、親探しを中断した二人は、近隣の商店に「子どもを保護している」と言づけを残してニファを自宅へと連れ帰った。孤児院にも届け出がなされ、捨て子の場合、ひと月の間に親からの連絡がなければ、正式に孤児として登録される決まりであった。
ニファは大切に保護された。特に夫人はつきっきりでニファを抱き、可愛がった。ニファに常に笑顔を向けるが時折見せる悲しげな表情がニファには気になった。
二人は2〜3日おきに街に使いを送り、赤子の親の消息を確認した。使いの者から親からの連絡は無い、と報告を聞く度に夫人は落胆したが、同時にどこか安堵しているようにも見えた。
ニファならいつでもたやすく姿を消すことが出来たはずだが、出来なかった。自分が消えた後の夫婦のことを考えると胸がギュッと掴まれるような気分になり、逃げることを躊躇させた。そして正直この状況が心地よくもあったのだ。多分ひと月後には孤児院に行くことになるだろう。それまではこのまましばらく暮らすのも悪くない、と考えていた。
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