69.ニファ
1000年以上前、当時ほんの赤ん坊であったグリエラは人間のまじない師、ガラに拾われた。
ガラの言うにはノマダスを水害が襲い、甚大な被害をもたらしたらしい。増水した川の水は人里にまで達しており、そんな川の様子を見に行ったガラが、岸で泣いている子供を見つけた。見た目は人間と変わらなかったが背中に小さな翼があり、ガラは即座にアンティノキアであることに気づいたが、彼女は見捨てるには忍びなく、自分の住処に匿うことにした。その為グリエラは両親を知らない。
当時は人間とアンティノキアは目立った争いはなかったが、人間はアンティノキアを異形の悪魔として忌み嫌っており、子供のアンティノキアが見つかれば、すぐに「処分」されていただろう。
幸いと言っていいのか、彼女は世捨て人のような暮らしをしており、匿うことはそれほど難しいことではなかった。彼女は独学でまじないを修め、畑を耕し、たまに人里に降りてはまじないや、森で取った薬草などを暮らしに必要なものと交換し、生計を立てていた。
頑是ないアンティノキアを育てることは並大抵のことでは無かっただろうが、彼女は生きがいを得たようにグリエラを育てた。グリエラは「ニファ」と名付けられていた。
人間とアンティノキアには寿命に圧倒的な違いがある。ガラは30年後に亡くなった。人間の寿命では十分に生きた齢だったが、アンティノキアのニファにとっては、ようやく幼児から少年へと移ろうとする頃に過ぎなかった。ニファの悲しみ大きかった。
しばらくは家にある物や、森でとってきた木の実などで飢えをしのいでいたが、それも尽き、寂しさも募ることから、決して近づくなと言い聞かされていた人里へ降りた。
たちまち、ニファの持つ異様な魔力、振る舞いから、アンティノキアであることがわかり、村の人々から石もて追われた。慌てて住処である森に逃げたが、村の人々はしばらく前から里に降りて来なくなったまじない師と関連付け、「奴がまじない師を害したのだ」と決めつけた。大騒ぎとなり、村では討伐隊の検討まで出始めていたが、そんなニファを救ったのは一人のエルロフであった。
当時は人間とエルロフの交流は盛んに行われており、ちょうど村に来ており、騒ぎを聞きつけたエルロフが単独でニファの住む森に訪れたのだった。怖がるニファを根気よく説き伏せ、ニファはエルロフとの旅について行くことになった。エルロフの名前は「パータラタ」といった。パータラタはニファをエルロフの集落に案内し、ニファをそこに預けた。
エルロフから学んだのは大きな魔力を抑えたり、姿を変える方法だった。ニファが人間の世界に出入りし、旅をするならそれを覚えなければならない。
エルロフはアンティノキアには及ばないものの、長い寿命を持つ種族である。ニファも馴染みやすく、そこで長い時間をかけエルロフの子供達と共に、魔力の使い方や、制御の方法を学んだ。パータラタはたまに集落を訪れては旅の話を聞かせてくれた。ニファは旅に興味を募らせた。
200年程経ち青年となったニファは旅をした。ニファほどの魔力があれば人間の世界を旅するに困ることなどなかった。基本の姿は銀色の髪、褐色の肌の男となった。魔力の制御もほぼ身に付けていた。その当時は自由労働者協会というものはまだ無く、各村にある酒場などから依頼を受けたり、退治した魔獣と生活必需品を交換するなどして生活していた。
ニファにとって人間はあまりにも複雑であった。まず寿命が100年に満たず、脆弱。そしてとんでもない悪人がいるかと思えば、なぜここまでという程の善人もいる。決断の早い人間、深謀遠慮を巡らせる人間。こうしてあげていくとキリがないが、ニファは旅の中で様々な人間に出会った。こうした経験から「どんなに善良に見える者でも、まずは疑え」と言う用心を学び、彼は徐々に人間社会の仕組みや思考を理解していった。
100年ほど各地を逍遥し、旅先で偶然パータラタと出会った。そこで共に旅をすることになり、ノマダスまで同行した。自分以外のアンティノキアに会うことは滅多になかったので、巨大な姿のものが多く驚かされた。その体躯の大きさにまず驚かされたが、さらに驚いたのは彼らの気風だった。率直で、裏表がなく、時に単純すぎるほどであった。そして、力こそが地位を決めるという明快すぎる社会制度_長く人間の中で暮らし、狡猾さや洞察を身につけたニファにとって、それは呆れるほどに素朴な世界だった。
しかしニファとてアンティノキアである。その性質は非常に肌に合う物に感じた。ニファはパータラタと別れ、ノマダスを旅した。そこで出会ったアンティノキアの民は「弱気を助け強気を挫く」を地で行くもので、ニファは初めて構えることなく、解放された気分で各地を歩くことができた。私はアンティノキアなのだ、と高らかに叫んだ。
そんな中、王が交代したという知らせがノマダス王国を駆け巡る。
元々の原因はわからない。多分ほんの些細な行き違いだったのだろう。
しかし長年いがみ合い、小競り合いを続けてきた人間とアンティノキアが、王の交代に伴いにわかに戦争と言える規模に拡大する。王の指揮の元、人間の国に対し本格的な侵攻を始めたのだ。アンティノキアの個々の戦力は高く、いくつか滅びた国もあり、人間は必死の防戦を強いられたが、アンティノキア特有の単純な攻めに対し、戦術を駆使することでなんとか崩壊は免れていた。
人間にも、アンティノキアにも恩があるニファはこの状況に心を痛めるものがあった。しかしその時はどちらかというとアンティノキアに味方したいような気分であった。
発端を知らぬとはいえ、きっと人間がアンティノキアの単純な性質を逆手に取り、狡猾なことをやってのけ、争いの火種を生んだのだろうと推測していたからだ。いい人間も多数いることは承知の上だが、ニファにはノマダスに比べ人間の世界の暮らしはなんと息苦しかったことかと思い返した。
だからこそアンティノキアの戦い方にはじれったいものを感じた。アンティノキアが魔力をもっと有効に使い、戦術を駆使すればもっと苦労せずに勝てるはず。もっとも私なら…。
ニファはそう考えた自分にゾッとした。
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