6.魔道の塔
魔道士の勤める通称「魔道の塔」は王宮の東側に張り付くように存在し、大小の塔が空を突き刺すように並んでいる。
翌朝アールスは書物庫をあっさりと出ることができた。「出ていくぞ」と宣言したアールスにルーポトは「そうか」と軽く手を振っただけだった。アールスはすぐに扉を開け書物庫を出た。受付では昨日と同じ同僚が「早くねえか!?」と目を丸くしたが、それには目もくれず魔道士長の元へ向かった。
「失礼します」
扉を叩き、アールスは魔道士長の執務室に入る。
「アールスか、早かったな」
部屋に入るとすぐに応接用のソファと長机あり、その奥に魔道士長の机が置かれている。背後には書棚があり、魔道書や書類が詰め込まれている。
魔道士長ワトビアは机に向かって書類を眺めている所だった。
「明日だと思っていたが、まあ座れ」
野太い声で指示されアールスはソファに座る。ワトビアも正面の席に大股で進み深く腰を下ろした。
中肉中背、あるいは痩せ型が多い魔道士の中で、ワトビアの体格は異彩を放っていた。身体も大きく筋肉質で、左目から頬にかけて傷が走っており、大人でも震え上がる面構えである。彼をみて誰も魔道士だとは思わないだろう。
「報告したい事が…」
「なんだ?」
信じてもらえるとはとても思えなかったが、魔道士長には絶対に伝えておくべきだろうと覚悟を決めてここへ来たのだった。
「昨日なんだが…、俺のいうことを聞いて幻覚を見たとか錯乱したとかぬかすなら、任を解け」
魔道士長に対しぞんざいな口調で話しかける。16歳の時、訳あってワトビアにこの魔道士団に引き込まれてから、礼儀作法は教わったもののワトビアに対してはこの態度は変わっていない。ワトビアも咎めるでもなく鷹揚に受け止めている。
ワトビアがジロリとアールスを見た。
「重要書物庫に警備の効率化を調べに行っただけじゃなかったか?」
「ああ…」
「とにかく聞かせろ」
ワトビアは腕組みしソファに身を預けた。
「侵入者がいた」
アールスの控えめな声にワトビアの肩がぴくりと動いた。
「重要書物庫にか?」
「重要書物庫にだ。」
アールスは鸚鵡返しに答える。
ワトビアはアールスが侵入者その人であるかのような厳しい視線を向け、言った。
「書物庫の警備からはなんの報告も来ていないが、侵入者はどうした。逃げたか?」
「…い…いや、まだ内部にいると思う」
さすがにアールスは小さくなって答えた。
宮廷魔道士が事を放置して出てきたのかと怒鳴りつけられても無理は無い。
「拘束しようとはしたんだが、悔しいがあまりの実力差にどうにもならねえ…警備を呼んでも無駄と判断してとりあえずここに来た」
それからアールスは昨夜の出来事を話した。
いつの間にか男がそこにいた事、さらに男の言葉を信じるなら気配を消して以前から本を読んでいたということ。全力の攻撃が全く効かなかった事。もう一つ敵意や殺気は感じなかった事も言い添えた。
「で、信じられねえかもしらんが、あいつの名前を聞いたらこう答えた…」
「ルーポトか」
ワトビアはアールスを真っ直ぐに見ていた。
アールスは大きく目を見開いた。
「! 知ってたのか?」
「ああ、知っているのは極一部だけだ。当然陛下も」
「陛下も…」
アールスは絶句した。
「侵入者がルーポトであれば安心だ。いや安心と言うのも違うな、正確に言うとどうしようもない」
そう言うワトビアの眼光は先ほどに比べて幾分穏やかに見える。
「むしろルーポトでない方が問題だ。それなら今から正体を確かめるために魔道の塔をあげて大騒ぎせねばならん」
「…と言う事は、本当にあの男はルーポトなのか。あの男は自分は『新しい魔王』と言ってたが…」
「その通りだ。魔王がイプロスによって倒された後、その地位に就いたと自称している。そしてその男はルーポトを名乗り、圧倒的な力を持ってこの国に現れたのだ」
ワトビアは落ち着いて言った。その様子からルーポトを名乗る男は人間に対し本当に敵意がないのだろうとアールスは感じた。あくまでも今のところはだが。
とはいえ未だに信じがたい気持ちがアールスにはあった。
「陛下の執務室に突如奴が現れたのは10年程前だ」
ワトビアはゆったりとした姿勢のまま語りだした。
「陛下によるとふと気がつくと目の前にいたそうだ。陛下はすぐに奴の恐ろしさに気付いた。厳重な警備をものともせずあろう事か陛下の執務室に立っているのだ。そして周りは静かだった。警備の者が始末されたのか、それとも誰もこの異常事態に気づいていないのか、陛下にもその時は判断がつかなかったそうだ。外からのどかな鳥の声がよく聞こえたと仰っていた」
「10年も前なのか」
アールスは唖然とした。10年前と言えば彼がいっぱしの悪ガキで盗みや喧嘩に明け暮れていた時期だ。
ワトビアは席を立ち奥の棚を開いた。雑然とした書棚とは対照的に綺麗に並べられたティーカップやポットが見える。それらを素早く取り出し茶葉をいれた。水差しからポットに水を注ぐと湯気が立ち上った。いつの間にか術をかけ暖めていたようだ。細やかな仕草で茶を注ぎ、アールスにも勧める。
「まあ飲め」
魔道士の男達のいる部屋とは思えない艶やかな香りが漂う。ワトビアは見た目に似合わず茶道楽で酒はあまり飲まない。
「それでだ」
茶を一口すすりワトビアは続けた。
「奴が暗殺者のたぐいであればこの状況はパカルで言うと詰みだ。陛下も腹をくくられた。しかし陛下はあまり恐怖を覚えられなかったそうだ。お前の言うようにその男から敵意や害意を感じられなかったらしい」
王族ともなれば、ましてや英明でなるカール5世ならばその辺りは敏感な筈だ。
前王の三男であった彼もまた王になるまでに様々な宮廷闘争を勝ち抜いてきた人物であり、現在も各国との交渉や国内の議会の調整を積極的にこなしている。
アールスも仕事上王の姿を見る機会は多いが、その風格と鋭い眼光は全てを見透かすような力を持っていた。
その陛下が言うのであれば敵意を感じないと言うのも信じるに足るだろう。アールスはそのように考えた。
「そして陛下は尋ねられた『何者だ。目的は何か』と」
よろしければ、評価・ブックマークお願いいたします。
励みになります。




