67.恐れる魔王
「ほんとかよ…」
アールスは呆然と呟いた。
目の前に金色の髪を持つ美貌の女性が立っていた。フードのない、純白のローブを纏っている。アールスの着ているものと似ている。
彼女の手には、赤い魔石が嵌めこまれた長杖。そして、その口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「これは…グリエラ様?」
サカキも息を呑み、グリエラの姿となったルーポトを凝視した。
「そうだ。本物だぞ」
口調はいつものルーポトだが、鈴を転がすような声であった。サカキは弾かれたように背嚢に手を伸ばした。
グリエラは生きており、しかもアンティノキアで、現ノマダス国王。アールスは目眩がしそうになった。どれ一つとっても歴史がひっくり返るような話である。
「そのお姿、久しぶりに拝見しました」
ポポロが目を細めた。サカキは食い入るようにグリエラの姿のルーポトを見つめ、ペンを走らせている。
「先代の王にはどうやって勝ったのですか」
「ここからは私が話そう」
ルーポトが杖を手に語り始めた。
「何のために戦うのだ、自死と変わらんぞ」
ルーポトが呆れるように言った。
「当然ルーポトになる為よ。そして和平の道を探ります」
グリエラがルーポトを毅然と睨みつける。それを聞いたルーポトは拳を握りしめ、一気に魔力を放出した。
「この私の力に、貴様のなきに等しい魔力が勝てるわけがあるまい。ましてや小賢しい人間と和平など!」
「…」
傲然と言い放ったルーポトに、グリエラは両手で杖を水平に構え、詠唱を唱えた。グリエラの体からみるみるうちに魔力が膨れ上がった。ルーポトの目の色が変わった。その魔力は人間の持てる力を遥かに超え、ルーポトを十分に驚かせることが出来るものだった。
「なんだ…その力は、そしてこの魔素は。貴様アンティノキアか!」
「そうよ」
グリエラはニヤリと笑った。久しぶりに全力で放つ魔力に、彼女もまた高揚していた。
戦いが始まった。
無数の火球、雷撃が飛び交い、爆発した。地を揺らし、爆煙が吹き上がる。息もつかせぬ一進一退の攻防だった。両者とも相手の力に驚きを隠せなかった。都市をも破壊するような、まともに喰らえば死に直結するような攻撃を幾度となく出し合った。その戦いは夜を徹した。
「卑怯な技を使いおって」
空が白み始めた頃だった。ルーポトは苛立ちの声を上げた。
グリエラはルーポトの攻撃を防御結界で受け流し、両者の攻撃で生じた爆煙、土煙に乗じて気配を断ち、あらゆる方向から攻撃を仕掛け、ルーポトを混乱させた。次第に負傷箇所が増えていった。
「人間と過ごすには魔力の制御が必要なのよ。気配を断つのはもう自然にできるわ」
挑発するように笑ったグリエラだったが、彼女とて安穏としているわけではなかった。ルーポトの攻撃力は自分より明らかに強かった。防御結界をいくら巧みに張っても凶悪なまでの火球は結界を突き抜けることもあり、彼女もまた傷だらけになっている。
両者とも肩で息をし、魔力も底をつきかけており、戦いの終わりは近い。
「私も少しは恥じているのよ。アンティノキアとして。けどこうでもしないと…勝てないのよ」
杖に体を預けながら、グリエラは苦しげに笑い、続けた。
「でも何ふり構ってられないのはあなたも同じでしょう。何を焦っているの」
「何の事だ」
ルーポトの肩がピクリと動いた。
「私たちをわざわざ呼んだ理由よ」
「お互いに手間が省けると言っただろう」
「私の存在は誤算だったと思うけど、『自分が確実に勝てる』ような相手をノマダスに呼ぶなんてアンティノキアらしくないわ、ましてや国王その人が」
パルは疑問を持たなかったようだが、アンティノキアとしてのグリエラはルーポトの答えに違和感を持ったのだ。ルーポトは英雄たちが自分より弱いと確信していた。そんな者たちを呼びつけて、あわよくば戦おうなどと言う「恥知らず」な事を考えるだろうか、と。
「…」
「あなたもアンティノキアらしくないようね…ひょっとしたらあなたが焦っている理由は私と同じなのかも知れない」
「…」
「あなたもまた人間を恐れている」
グリエラは射抜くようにルーポトを見た。その時ルーポトの体が躍動し膨らんだように見えた。
「…貴様は殺す。人間のような卑怯な下衆と和平などと抜かすとは。奴らは根絶やしにせねばならん」
ルーポトは絞り出すように言い、どこに残っていたのかと言うほどの魔力を噴き出した。
「嘘でしょ」
グリエラは思わず口走った。これほどの魔力をまだ残していたとはさすが魔王という他はなかった。ルーポトはありえない大きさの火球を作り始めていた。どう考えても避ける、または防ぐ程の魔力も残っていなかった。
「死ね」
火球がグリエラに迫った。
「…終わったか…」
ルーポトが息も絶え絶えに呟いた。
大爆発の後、煙が風に流れると倒れるグリエラが現れた。ピクリとも動かない。焦げ付いた布衣が燻った煙をあげている。
「私をここまで追い詰めるとは…」
ルーポトは力を使い果たしていた。深い傷も多く、身体中が激痛に苛まれている。ふらつきながらグリエラを見下ろしていた。
「死んだか…。弔いとして教えてやる。貴様の言う通りだ。私は人間を警戒している。奴らは刻一刻と強く、狡猾になっている。あのような邪悪な、いつ何時でも他人の寝首を掻こうと狙う者共と共存などありえぬ。今後のアンティノキアの為にも奴等を生かしておくわけにはいかん」
しばらくグリエラを見つめていたが、顔を上げ、神の器を見渡した。器の縁が遠く、果てしなく高い壁のように見えた。飛ぶ力は残っておらずよじ登るしかない。一歩ずつ引き摺るように歩き出した。
ようやく器の傾斜を登り終え、縁に手をかけた。体を引き上げようと腕に力を込めた。
「!」
ルーポトの体に悪寒が走る。ゆっくりと振り向くと、杖を構えた銀髪の男が小さく見えた。次の瞬間ルーポトの視界は白熱し、破裂するような衝撃が走り、全てが途切れた。
「危ないところだった。先王の最後の火球を見た時はさすがに死がよぎった」
「どのように防がれたのですか」
アールスが興奮して尋ねた。
「死の物狂いで考えたぞ、そして一か八か亜空間を開いた」
「亜空間」
「旅で道具や食料を保管していたあれだ。それが一番『道』ができていて開きやすかった。自分の体の前にそれを展開して正面からの攻撃をその空間に逃した。とはいえあれだけの火球だ。ただでは済まなかったが」
おかげで保管していたものはみんな焼けてしまった。私もだいぶ焼けた、とルーポトはころころと笑った。
その後、すでに語られた通り、グリエラはルーポトとなった。
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