66.答え
グリエラが身じろぎしたのは朝、パルが病室の窓から湖面を眺めていたときだった。衣ずれの音を聞き、急いで寝台に駆け寄った。
「グリエラ」
男の姿をしているので「グリエラ」と呼ぶのはしっくり来ないが、ひとまずそうするしかなかった。
グリエラは薄く目を開け、ゆっくりと身を起こした。
「無理するな、3日も眠っていたんだ」
パルは眉を顰めるグリエラに声をかける。グリエラは身体中に膏薬を塗られ包帯が巻かれている。
「ひどいものだな」
自分の体を見回し、グリエラは苦笑した。治療はアンティノキアの医師が行った。命に別状はないが、重傷には変わりなく、傷をあらため丁寧に薬を塗り、包帯を巻いてくれたのだ。
「ほんとに…グリエラなのか、その姿ではどうも…」
「馴染みの姿に変わろう」
「いや、無理はしないでくれ」
「大丈夫だ、戦いの直後は姿を保つ余裕さえなかったが、今は造作ない」
見る間に体が波打ち始めた。大変気持ち悪い眺めだったが、すぐに見慣れた姿が現れた。髪の色も変わっている。華奢な女性の姿に戻り、包帯を巻いた状態は痛々しさを増してしまった。
「思った以上にすごい魔力で強かったわ。さすが魔王ね。危ないところだった」
見た目を変えると、仕草や口調も大きく影響されるらしく、すっかりパルの知るグリエラになり、あっけらかんと笑った。
「アンティノキアというのは確かなのか?」
「ええ、隠していてごめんなさい。ノマダスに来たら、抑えていた力と記憶が全て解けるように自ら封印していたのよ。以前の記憶と力が急激に流れ込んできて、気分が悪くなったわ」
あの時か…とパルは思った。ノマダスに来た直後、グリエラは苦しそうに膝をついたのだ。それも一時のことで、その後大飯を食らっていたが。
「そこで決心したわ。魔王と戦おうと。それについてはイプロスたちも起こして話すわ。…怒るだろうな」
グリエラが肩をすくめた。
滅茶苦茶怒るだろうな、とパルも思った。眠っている間に全てが終わっていたのだ。怒るに決まっている。ナイルズは「手間が省けた」と笑いそうである。
「そうだ」
パルも思い出したことがあった。グリエラが目を覚ましたらすぐに、バラドラに連絡するようにと言われていたのだった。パルは病室の外に控えていたアンティノキアに、その旨を告げた。
すぐに扉が叩かれた。
パルが返事をすると、バラドラとポポロが入ってきた。
「お加減はいかがか」
バラドラが丁寧に呼びかけた。
「どこもかしこも痛いけど…大丈夫よ」
グリエラは苦笑して答えた。
「見事な戦いであった。まさかあなたのようなアンティノキアがいたとは、全く知らなかった」
「ふふふ、自分もノマダスに来るまで知らなかったんだもの。人間の世界で長く暮らしてきたアンティノキアだったなんて。でもそのおかげで勝てたわ。ノマダス王の魔力は私より大分強かったもの」
「陛下」
バラドラは居住まいを正した。
パルの鼓動が跳ね上がった。
「あなたはノマダス国王に挑戦しそして勝利をおさめた。あなたが現在ノマダス王です」
「…」
パルは息を呑み、グリエラを凝視した。パルたちはルーポトから、国王を倒せば国王になれる、というとんでもない話をその場で聞かされたが、グリエラはノマダスの地を踏んだ時点で「思い出した」はずだ。そして彼女は人間ではなくアンティノキアだったのだ。彼女が王となれば、ノマダスに初めて人間のように考えを巡らせる王が誕生する。その時彼女はどちらの味方になるのだろう。パルはグリエラの横顔を見つめた。
グリエラは背筋を伸ばし、ためらうことなく答えた。
「私はノマダスの王、ルーポトを名乗ります」
バラドラとポポロは新しいノマダス王に跪いた。
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