63.神の器
「なっ…」
パルは驚いて振り返った。グリエラは落ち着いた表情でルーポトを見ている。
「なにを言っているんだ、グリエラ」
「…」
ルーポトは存在に初めて気づいたかのようにグリエラを見た。バラドラ、パルグアンも口を挟むことはなかったが呆れた顔を隠そうともしていない。
「お主…確か魔道士だったか」
ルーポトにとって今までろくに意識もしていない相手だった。見たところ大した魔力もないようだ。
「イプロスも言っていた通り、あなたは最初から敵よ。私はあなたに挑戦するわ。今すぐ神の器に連れて行きなさい」
「!…貴様なぜ神の器を知っている」
(神の器?)パルには何の事か分からなかったが、ルーポトたちの驚きは大きかった。
「いいから連れて行って。戦うために呼んだんでしょう」
グリエラは毅然とそう言い放った。その言葉に、ルーポトは無言で頷くと、低く呟くように言った。
「よかろう。こちらとしては4人まとめてやりたかったが。バラドラ、パルグアン。どちらかが見届け人となれ」
挑戦をされた以上受けねばならぬのが決まりである。ルーポトは立ち上がった。
「どうする?」
「お前が行ってくれ、見るまでもあるまい」
バラドラの問いにパルグアンは素っ気なく答えた。
「こちらもパルを見届け人として連れて行きたいわ」
グリエラがルーポトに訴えた。
「許す。では行こうか。勇者と剣士に別れを言わなくていいのか」
「すぐに行きます」
グリエラは即座に答えた。
「神の器とは何ですか?」
パル達は王宮の塔の頂上に向かう階段を登っているところだ。
「高位のアンティノキアが戦う場所よ」
前を歩くグリエラが答えた。
「なぜそんな場所を知っているのですか?」
パルもまたルーポトと同じことを問うた。グリエラがノマダスのそんな場所を知っている等、聞いたことがなかった。
「…もし戻ることができたら、話すわ」
グリエラの答えに、前を歩き案内していたポポロが立ち止まり振り向いた。目を大きく見開いている。しかし何も言う事はなく再び歩き出した。
パルの背中に汗がにじむ。戻るというが、あのルーポトと戦って戻れるはずがない。このままだと言いたくはないが犬死である。
「グリエラ」
「止めないで」
「しかし」
「イプロスもナイルズも私が部屋を訪ねた時、何の警戒もしていなかった。私たちは長い旅で信頼しあっていたから。だから簡単に眠らせることができたわ。本当はあなたも眠らせて一人で来ることも出来たのよ」
「…」
それは確かだろう。もし「相談」などと言われグリエラが訪ねてきても、パルは何も考えず背中を向けただろう。過酷な環境で寝食を共にし、戦って来た絆は確かなものだった。
「彼等と来ていたら、『俺も戦う、絶対戦う』とやかましかった筈よ。私も止める自信はないわ。そしてあなたまで眠らせて、みんな知らないうちに私が死んだら、イプロスの事だから『敵討ちだ』って、後先考えず言い出すと思うのよ」
グリエラが振り向いてパルを見つめ、言葉を続けた。
「パル、あなたなら落ち着いて話を聞いてくれるし、この一見『無謀』な戦いに自分まで参加するとは言い出さないと思った。もし私が死んでもあいつらを何とか説得して、ノマダスから出るのを承知させることがあなたなら出来るでしょう」
「…」
出来るのかな、とパルは途方に暮れた。もしグリエラに何かあった場合、その間眠っていたと知ったイプロスたちの激昂は考えたくもない。ぶん殴られるのを覚悟したほうが良さそうだ。
「やはりあなたを止めたいですが」
「駄目よ。でも聞いて。私だって死にたいわけじゃないのよ」
グリエラがにこりと微笑んだ。
「ここから転移するわ」
ポポロが石床から突き出した円形の台を指さした。
こんな簡単なところから転移できるのか、とパルは不安になる。単なる石台に乗り気軽に転移と言われても、恐ろしさが募るばかりだった。
「行くわよ。目を瞑っていてね」
風がパルの顔を叩きつけた。転移が完了したようだ。肌の感覚で広い場所に来たことがわかる。
それにしても音も衝撃も全くない。ポポロの指示で目を開けた。
「!」
なるほど。「神の器」とはよく言ったものだ。見事な地形にパルは感じ入った。
「ここで…戦うのですか」
しばらくして、ルーポトとバラドラが転移してきた。あの巨体が一瞬で姿を現すのは目を疑う眺めだ。
ルーポトは胸の前で印を結んだ。空中から一枚の羊皮紙が現れた。ルーポトはそれに指で紙面上をなぞった。
「お主も名前を書け」
羊皮紙がグリエラに向かって降りてきた。それは人の背丈ほどもあった。指先に魔力を集中させ、グリエラは名前を書き、ルーポトに返す。ルーポトは再び印を結ぶと羊皮紙はかき消えた。
「よし、これで戦いの契約はなった」
ルーポトの魔力が膨れ上がった。
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