62.訴え
ルーポトと会うのは夕刻、公務の後と言うことだった。
その日、外出から戻り、最初に食堂に来たのはパルであった。
今日、ノマダス国王にこちら側の結論を伝え、ノマダスを発つ事になるだろう。短い間だったができるだけの事はした。あれからパルも王都を歩き、地理や地形を調べた。高台にも登り、遠くに見える周辺の山々の形状をつぶさに観察し、王都がノマダスのどのあたりにあるのか、シュマルハウトに戻ったとき、調査できるよう書き留めた。現在、ノマダスの地理や王都ファマトゥの正確な位置は、人間側には未だ知られていない。もし攻め込む事になった場合、地図の作成は必須になる。心揺れるものがあったが、少しでも情報を得ておこうと非情に徹した。
謁見の時間が迫っていたが、まだ誰も来ていなかった。部屋を訪ねた方がいいか、と考え始めた時にグリエラが無言で入ってきた。彼女は王宮から外に出ることなくこの日を迎えたのだ。
「おはよう、結局外に出なかったようだが、体調でも悪いのかい?」
「いえ、色々考え事。大丈夫」
実際体調は悪くなさそうだった。昨日の夕食も呆れるほど食べていた。パルとしては彼女にも外に出て情報収集を頼みたかったが、この日を迎えてしまったのだった。
「…しかしイプロスとナイルズは来ないな」
「来ないわよ」
「そうか……え?」
「来ないわ。しばらく起きてこない」
済ました顔で言うグリエラにパルは驚いた。
「どういうことだ。何があった?」
「私たちだけでノマダス王に会うの。もうすぐポポロが来るわ、行きましょう」
パルには訳がわからない。
「強引なのは承知よ。でも私を信じて来てほしい。イプロスたちが来るとややこしくなるの」
グリエラが真剣な目でパルの袖をつかんだ。こんなグリエラを見るのはパルは長い旅でも初めてであった。二人はしばらく睨み合うかのように視線を合わせていたが、やがてパルは言った。
「わかりました。とりあえず行きましょう」
「2人はどうしたのよ」
英雄達を迎えに来たポポロは当然のように尋ねた。
「すみません。少し体調を崩しまして、寝ております」
「…」
パルの答えにポポロは眉を顰め、何かを探るようにこめかみに指を当てた。
「…確かに寝ているようね。まあいいわ、行くわよ。あなたがいれば落ち着いて話ができるでしょう」
誰かに念話で確認を行ったようだ。
「王都はどうだった?いろいろと出かけたんでしょう」
「考えさせられました。湖で漁師の方に魚を振舞ってもらいました」
「串をブッ刺して焼いたやつでしょう?あれ美味しいわよね」
ポポロが快活に笑う。思えば初めて会話をしたアンティノキアがポポロであった。攻撃的な性格でもなさそうで、王宮にいる間もなにくれと面倒を見てくれた。ノマダス訪問で実感したのはアンティノキアは話の通じない化け物ではないと言うことだった。
「おお。あの威勢のいい勇者はどうした」
ルーポトが問うた。今日もバラドラとパルグアンが脇を固めている。
「失礼ながら、体調を崩し休んでおります」
「ふん。早速聞こう。お主たちはどうする。戦うか、引くか?」
「その儀ですが、和平をお考え頂くことはできませんか?」
パルはルーポトを真っ直ぐに見ていった。ルーポトは無言で見つめ返した。
「人間とアンティノキアは有史以来いがみあい、現在は大規模な戦争状態となっております。今となってはその理由も分かってはおりません。よく分からないまま、互いを悪と信じ戦っているのです。この度ノマダス王国にお招きいただき、短いながらもポポロ様や、王都に暮らす方々と交流も持つことができました。そこで話し、体験したことは自分にとって、今までの自分の戦いに疑問を抱かせるほどの衝撃でした。お互い失ったものも多く、蓄積した恨みはございましょうが、そこを曲げてご考慮頂けませんでしょうか。私も国へ帰り、シュマルハウト王、諸侯を説得いたします」
パルは懸命に訴えた。たとえルーポトが和平に乗り気になったとしても、人間側の説得は困難を極めるだろう。物理的な被害は言うに及ばず、友人や家族を失った人々は数知れない。魔族を恨み、恐怖する人々の想いは底知れないものがある。その原因でもあるルーポトをパルもできることなら倒したい。
本心を言えば怒りと不甲斐なさで叫び出したい気持ちだったが、歯を食いしばり押し込んだのだ。もし和平に転ずると言うなら、今後の犠牲を減らすため、パルは奔走する覚悟があった。
しかしそれに対するルーポトの返事はにべもないものであった。
「話にならんな」
「…」
「貴様ら人間は、国同士、人間同士でさえ、常に歪みあっているだろうが。常に手練手管、邪な考えに時間を費やし政争に明け暮れている。裏切りと欺瞞こそが人間の本質だ。その和平に、何の価値がある」
これ以上ないと言うほど冷ややかな目でルーポトは二人を見下ろした。
「もう一度聞くぞ。戦うか、引くか。引くならさっさと出ていけ。戦争の再開だ」
「私が戦うわ」
今まで一言も喋らず後ろに控えていたグリエラが言った。
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