61.串焼き
「調子が狂うぜ」
外から帰るなり食堂に現れたイプロスはソファにどかっと座った。
今日イプロスは街の中心部に出かけ、一日中、立体的な街を散策したり、広場の噴水の淵に腰を下ろし、アンティノキアの行き来する様子をただ眺めた。国からの布告が来ているのかは知らないが、喧嘩をふっかけて来るような者はいなかったが、胡乱な目や睨みつけてくるような者はおり、ほとんどが殊更無視を貫くような様子が窺えた。ただ幾人かはイプロスに興味を示し、遠巻きにチラチラとこちらを伺う者、数人の男達が「話しかけてみようか」とでも言いたげに、好奇の目を向けながら肩を押し合っているのが見えた。しかし結局接触しては来なかった。
子供は別でこちらを無遠慮に好奇心も露わにまじまじと見、中にはこちらに駆け寄って来ようとする者もいたが、親が必死の形相で腕を引っ張り、戻されて行った。
(人間と変わらねえな)
そんな様子をみながらイプロスは苦笑した。人間の街にアンティノキアが所在なく座り込んでいたら、同じような反応になるだろう。
イプロスもまたパルと同じように、街を行き交う、または飛び交うアンティノキアを見て、今まで想像もしていなかった彼等の生活を感じ取っていた。物を運び、広場の一角では露店が並び、建物の所々には看板も出ており、店があるようだ。
外出前一行はポポロから幾許かの小遣いを持たされていた。ノマダスも人間の国と同様、貨幣制度が敷かれていることが分かった。昼になり腹も減って来たので何か買おうかと、露店で得体の知れない串焼きを買った。店の親父は無愛想極まりなかったが、イプロスが適当に出した貨幣を必要なだけ選び取り、串焼きを突き出して来た。香ばしく食欲をそそる匂いであったが、冗談のような大きさだ。
見たところ何かの肉だろう。かぶりつくと肉汁が滴り少し硬いが美味かった。まあ食えない量でもないだろうとガツガツと食べていると、目の前に影が差した。顔を上げると3人の子供が立っていた。アンティノキアの年齢は見た目では分かりにくいが、子供は目も大きくあどけない顔をしているのでさすがにわかる。3人ともトカゲの子供のような姿だ。とはいえ皆イプロスより頭一つ大きい。
「あんた人間?人間もそれ食べるんだ」
真ん中の子供が目を丸くして尋ねた。
「ああ、美味いもんだな。なんの肉か教えてくれ」
イプロスは怖がらせないように笑顔で尋ねた。
「しゃべった」「しゃべった」
両側の子供が驚いて騒ぎ立てた。
「ガバスっていう魔獣の肉だよ。ツノが頭に3本生えていて、魚みたいに泳いで、空も飛ぶし足がいっぱいある。ヌメヌメしてる。変な声で鳴く。緑色」
真ん中の子供が得意そうに答えた。
「…聞かなきゃよかった。でも美味い」
苦笑してガバスの肉にかぶりついた。
気がつくと遠巻きにアンティノキアが集まり始めている。どうなることかと子供たちを心配そうに見守る様子と好奇心が入り混じった空気を感じる。
「俺に話しかけて親は心配しないか?」
イプロスが尋ねると子供達はハッと顔を見合わせた。周りを見回し注目を集めていることを悟り、怯えた表情になった。
「大丈夫かな…」
「俺は別に構わんが…」
そのとき、甲高い叫び声が聞こえ、上空から3人のアンティノキアが地響きを立てて着地した。
「か…かあちゃん」
アンティノキアたちは子供を急いで抱き抱えると、イプロスを恐ろしい眼光で睨みつけ飛び上がった。抱えられた子供はなんともいえない顔でイプロスを見ていた。
「…」
悪いことしたなあ。あいつら滅茶苦茶怒られるんだろうな。頭をかきながらイプロスは立ち上がった。少し寂しい気持ちになったが、親の反応も尤もだと思った。彼らから見たら人間は卑怯極まりない敵なのだろう。フッと息を吐き最後の肉を齧りとった。この棍棒のような串をどうしようかと考えていると露店の親父が近づいてきた。無言でヌッと手を出した。イプロスが串を逆に持ち替え、伺うように差し出すと、親父は串を受け取った。
「ありがとう」
イプロスが礼を言うと親父は僅かに頷いた。露天に戻り、串入れに差し込んだ。
ナイルズは散々だったようだ。
彼もまた王都を散策していたのだが、武器屋に入った途端「どう言うつもりで来やがった」と追い出され、酒場では扉を開けるなり賑やかな喧騒は一気に鎮まり、剣呑な視線に晒されたため、「邪魔したな」と即座に扉を閉めた。
話を聞いたイプロス達は「そりゃそうだろう」と一斉に指摘した。街の安酒を飲みたかったんだがなあ、とナイルズは苦笑した。
グリエラは結局、部屋に篭り外出しなかった。
そのような日々が2日過ぎ、食堂にポポロが現れた。天井に頭がつきそうになっている。
「明日、陛下が返事を聞きたいそうよ」
荷物をまとめておいたら。ポポロはそう言い残しすぐに立ち去った。
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