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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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60.湖畔

 翌朝パルは身支度を整え、食堂に来た。まだ誰も来ておらず、窓からは朝日が差し込んでいる。窓辺まで歩くと湖がキラキラと輝いている。魔族の都がこんなに美しい場所だとは想像もしていなかった。さらに目を凝らすと湖面に小舟がいくつか浮かんでいるのが見え、小舟に乗るアンティノキアが湖面に投網を放り投げるのが見えた。

「漁をしているのか…」

 パルは自分でも驚くほど心が動くのを感じた。アンティノキアにもこのような牧歌的な生活があるのだ。昨日訪れた食堂もそうだ。働いて日々の糧を得ている。今まで魔族は人間とはあまりに異質で、戦闘を好む獣じみた種族という認識しかなく、およそ彼らの「生活」など考えもしなかった。しかし窓から見える景色は平和そのものである。

 人間が今まで被って来た被害を考えるとアンティノキアは明確な敵であり、滅ぼすべき相手であった。これを食い止めるべく自分達は魔族を滅ぼす尖兵として選び抜かれた。しかしこの光景は本当にそれでいいのか、と一考を迫るものだった。


 皆で朝食を済ませ、可能なら個々に散会し、王都を調べようと話がまとまった。外出許可が出るのか、ひょっとしたら軟禁状態に置かれるかもしれないという懸念はあったが、ポポロに聞いてみるとあっさりと許可が降りた。

 パルは朝見た光景を頼りに、湖畔へと向かった。狭いが石畳で舗装された道を進むと、集落が見えてきた。桟橋が2基ほど見える。小さな漁村と言った所だろうか。近くまで行くと先程まで小舟と思っていたが、近づくと意外にも大きい。アンティノキアの体格を思えばそれも当然なのだろう。さらに進むと小さな浜辺が見え何艘かの舟が置かれている。船の袂で一人のアンティノキアが座り込んで作業をしていた。こちらに背を向けている。

「…」

 パルは息を呑んだ。しばらく立ち止まり見ていたが、意を決して近づいた。近づくにつれアンティノキアが漁網の修理をしていることがわかった。座り込んだ姿であっても頭の位置はパルの上である。砂浜を踏む音に気付いたのか、アンティノキアが振り向いた。しかしその目線は中空を見ていた。怪訝な顔をしたアンティノキアだったが、視界の下端に存在を捉え顔を下に向けた。パルと目があった。


「!」

 アンティノキアはびくりと体を動かし、その後時が止まったかのようにパルを見ていた。パルもどうしていいか分からず棒のように立っている。

「…どうも…おはようございます」

 ゆっくりと、頭を下げた。アンティノキアは再びびくりとし再び微動だにしなくなった。

「網の…修理ですか」

 言葉が通じないのかもしれない、と不安になった。ポポロやノマダス王と大陸語で会話をしていたため、普通に通じると思っていたが、大陸語は幹部以上の者しか話せないのだろうか、しかしおもむろにアンティノキアが口を開いた。

「あんた…人間か?」

 そのアンティノキアは鰐に似た様な顔つきをしており、老境を迎えているのだろうか、皺が目立つ。しかし腕は大木のように太く体も筋肉で盛り上がり、見るからに力強い。

「そうです」

「人間が来たらしいと、噂になってたがあんたの事か」

「はい。昨夜仲間と王宮に招かれました。今朝窓から漁をしているのを見てこちらに来てみたのです」

「驚いた」

「えっ?」

「人間は狡猾で卑怯な手ばかりを使う、ひねくれた野郎しかいないと聞いていたがあんたはそうは見えんな」

 まだ警戒を解いていない硬い声であった。


 卑怯な手ばかり、というのはアンティノキアから見ればそう映るのは納得できた。奇襲はともかく、単純な戦術さえそう見えるのだろう。しかしそういうものを駆使しないと人間はアンティノキアと渡り合えないのだが。

「ただ、アンティノキアの方と話したくて来たのです」

 不意に硬い表情のままアンティノキアは立ち上がった。パルの3倍程はありそうだった。アンティノキアの老人は舟の向こうに周り、魚籠を持って戻ってきた。パルの前に魚籠を置いた。

「小魚を取っている。自分が食う分以外は売っちまったからちょっとしか入ってないが」

「…小魚…」

 あくまでもアンティノキア視点の小魚であり、パル視点では自分の腕ほどもありそうな魚であった。

「王宮にも卸しているものだ。あそこの料理人は茹でて香辛料やらクリームやらを馬鹿みたいに使って、訳のわからん料理にしやがるが、塩を振って焼くのが一番うまい」

「ほう」

「食うか?」

「え?」

 アンティノキアの老人は返事を待たずに棍棒のような串を魚に突き刺した。浜辺の隅に石で組んだ竈門がある。そこに薪を並べ、魔力で火をつけた。

 パチパチと火がはぜ、香ばしい匂いが漂ってきた。しばらく焼ける魚を互いに見つめる妙な時間が続いた。

「息子が兵隊に行っている」


「…」

 老人が火を見つめながらポツリといい、パルはなんと言っていいか分からなかった。人間は彼らを「魔物」と化け物扱いしているが家族というものがあるのだ。

「私は…人間の戦士として、アンティノキアと戦うため、残虐なアンティノキアを倒すため、と言われ、自分もそれを信じてここまで来たのですが、朝に漁をしているのを見て、そしてこうして親切にしていただき、ご家族のことを聞くと…本当にこれでいいのか、と迷い始めています」

 パルの正直な吐露であった。アンティノキアは昔から国を襲い、人々に多大な被害をもたらして来た。その暴虐を阻止するためにこれまで英雄たち自身も数えきれない程のアンティノキアを実際に殺して来ているのだ。これまでは彼らの生活や家族があるという考えに思いを致すという発想さえなかった。

「…」

 パルの前に焼けた魚が突き出された。アンティノキアの老人が無言で差し出している。

「あ…ありがとうございます」

 やはり小魚というには大きい。朝食も食べたばかりで、残さず食べることができるだろうかと気になった。

「わしは戦は好かん」

 老人が呟いた。

 魚は驚くほど美味かった。

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