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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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59.選択

 イプロスであった。

 思わず口をついて出たらしい。パルは飛び上がった。ナイルズも目を見開き、グリエラは「馬鹿なの」と言わんばかりの顔でイプロスを杖で突いた。ポポロはあんぐりと口を開け見下ろしている。


「客人」

 右隣のアンティノキア、パルグアンが一歩踏み出したところをルーポトが手を軽く挙げ制した。肩が震えている。

「アハハハ、お主イプロスと言ったか。いい度胸をしている。国王の前でよくぞ言いおった」

 魔王はさも愉快そうに笑った。

「国王かも知れねえが、あんたは敵の親玉、厄災の元凶だ。元から倒すつもりなんだよ」

 イプロスは傲然と立ち上がりルーポトを睨みあげる。ルーポトは笑みを崩さず、肘を手すりにかけ、足を組む。

「ふむ、では戦うということで良いか。いつにする」


「おっ…お待ちください!」

 パルは慌てて間に入った。イプロスならこのまま戦いかねない。それは非常にまずい。

「失礼いたしました。すぐにお答えはできません。後日改めてお答えしてもよろしいですか」

 必死の形相で訴える。ルーポトは笑みを浮かべたまま鷹揚に頷いた。

「構わん、断るならお主たちをノマダスから出し、再び戦闘を開始する。数日前の状態に戻るだけだ。では下がれ」


 

「陛下に喧嘩を売るなんて、無茶苦茶ねあなた」

 王宮の廊下を進むポポロが言った。笑顔である。一行が滞在する部屋を案内している途中だ。

「最初からそのつもりだ、敵なんだからな」

 イプロスはドスドスと音を立てて目を血走らせた剣呑な表情で歩いている。

「でも陛下にお会いして、勝てると思ったの?」

 ポポロは呆れた様に言った。

「やってみなけりゃわからねえ」

 威勢よく吐き捨てたイプロスだったが、パルは何も言うことができなかった。ノマダス王ルーポトの発する、暴風の様な魔力。それは桁違いのものであり、人間が放つことなど到底できないものだった。戦術に関しては我々が負けはしないだろう、とパルは思うが限度というものがある。あの魔力から放たれる攻撃は如何なるものか。とてもではないが防ぎ切れる気がしない。それだけのものをルーポトから感じたのだった。


「先ほどの事は本当なのですか、我々がノマダス王を倒せば次代のノマダス王になれるというのは?」

 ポポロに確認する。ノマダス王その人が言ったにも関わらず、何度も問い正したいほど信じがたい制度に思えた。

「そうよ、誰でもなれるわ。そして挑戦を受けた者はたとえ陛下と言えども断ることはできないわ」

「しかし、それでは反対派がいた場合のべつまくなしに挑戦を受ける羽目になりませんか」

「一度戦って地位を勝ち取ると10年、その地位を安堵されるわ。新しく政策を行う時間としてね。その後誰かの挑戦を受けると、その後5年は誰も挑戦できない様になってる。本人さえ良ければすぐに挑戦を受けてもいいけどね。とは言ってもノマダス王に挑戦すると言うのは、負ければ死ぬって言うことだから、そこまで安易に挑戦する奴はいないわ」

 なるほど、とパルは思った。頂点の王を決める戦いである。勝利を収めた際は再挑戦を防ぐため、そして他の者に対しても実力を示し、恐怖させるためにも相手を殺し禍根を絶つだろう。生半な覚悟では挑戦などできまい。

「ま、ゆっくりしていくといいわ」

 同情する様にポポロは言った。


 部屋は五つ用意されており、いずれもエルロフを迎えるためのものとの事だった。4室は個々の部屋で1室は皆で寛ぐことが出来るようにと食堂を兼ねてあてがわれ、夕食はその部屋で振舞われた。料理は豪華なものだったが、次々と手をつけているのはグリエラのみであとは浮かない表情を浮かべ食が進まないようだった。

 会話も弾まない中、水をぐっと煽りイプロスは切り出した。

「どうする?戦うか」

「…無理です…我々だけでは勝てそうにありません」

 パルは歯を食いしばり、苦渋の表情で言った。

「このまますごすご帰ってまた振り出しに戻るのかよ。犠牲者が増えるばっかりだぞ」

「だとしても、力を蓄えて戻ってくるしかないです。あの魔力を見たでしょう。今戦ってもただ死ぬだけです。向こうを利することにしかなりません」

「やってみなけりゃわかんねえだろうが!」

「やってみなければわからないなら、やることを選びます。我々は4人でそうしていくつもの危機を切り抜けて来ました。しかし今回はやらなくても分かります」

「くそっ、なんか手はないのかパル、悔しくないのかよ」

 イプロスが卓に強く拳を打ち付けた。

「悔しいに決まってるでしょう!」

 パルが声を限りに叫んだ。

 イプロスはハッと体を動かし椅子が音を立てた。ナイルズも驚きに目を見張っている。パルがここまで声を荒げたのは初めての事であった。黙々と料理を口に運んでいたグリエラもさすがに動きを止めた。

「…ここまで来て…血の滲むような修練を経て、国の使命を受け皆と死に直面するような戦いを潜り抜けてきた。それなりに渡り合えると自負していました。それがノマダス国王を見た瞬間、奈落へ突き落とされました。これほど苦労して奴を倒すために来たのに、奴にとっては我々など火の粉を払う程度のものでしょう。奴はいくつかの国を滅ぼし、街を容赦なく破壊した人間の敵です。私だって出来るなら…奴を…殺したい…」

 悲痛な叫びであった。両の拳を握りしめパルは俯いた。ここまで積み上げて来た力が無意味な程の実力差に打ちひしがれていた。


「…すまない」

 パルをひたと見つめイプロスは呟いた。

「いえ…私こそ取り乱しました…」

 パルは俯いたままなんとか言葉を絞り出した。

「魔王だけじゃねえ、あの両側の奴らも相当だ。今までの奴らとは格が違うんじゃねえか」

 ナイルズが酒器を片手に言った。相当飲んでいるが、いつもの様な陽気さは無く青ざめた顔をしている。

「そうですね…。バラドラ、パルグアン。彼らでさえ我々が倒せるとは思えなかった…一矢も報いることが出来ず帰るのは情けないですが」

 ゆっくりと顔を上げたパルが悔しそうに歯を食いしばる。

「仕方ないな。出来るだけ返事を長引かせてノマダスを調べるしかないか。手ぶらで帰るわけにはいかねえし」

 悔しさに区切りをつけるように大きな息をつき、イプロスは天を仰いだ。

「だが獣の群れに例えたのは痛快だったぜ、奴らの顔色が変わってたぞ」

 少しだけいつもの調子を取り戻したナイルズが愉快そうに酒器を傾けた。

 やがて食事は終わり、ノマダス王国の王都ファマトゥの1日目は終わった。

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