58.魔王
「イプ…ロス」
アールスは呆然としてつぶやいた。
「そう、イプロスの墓だ」
背後から落ち着いた声でルーポトが応じた。
イプロスの晩年は謎に包まれていた。
歴史書によるとイプロスはシュマルハウトに凱旋後、貴族の地位を提示されたが固辞し、時折請われては兵士たちに剣技や実戦の心構えなどを教えていたようだが、突如出奔し、その後の行方は未だわかっていなかった。パル、ナイルズはシュマルハウトに残り、シュマルハウトで没した。後進の指導にあたり、国の礎を築いた。墓は郊外の丘に並んで立っており、いまだに備えられる花は尽きない。
「イプロス様は、最後はノマダスに来られたのですか」
サカキが震える声で聞いた。さすがに絵の道具を取り出すことも忘れている。
「そうだ、彼はノマダスで没したのだ。さて、どこから話そうか…まずはポポロに願おう」
「畏まりました。まずはノマダスの門。あなた方が魔界の大門と呼ぶ場所から話すわ」
ポポロの話は「英雄の旅」とはまるで違うものだった。ノマダス側が大門を開け英雄達を招いた、と言う話は俄には信じがたかったがアールス達は黙って聞いていた。そして話は英雄一行が魔王との謁見の間に着いたところまで進んだ。
謁見の間の奥にいる3人はいずれも禍々しい強力な魔力を放っている。イプロスやパルもその魔力に皮膚が焼けるような圧力を感じていた。グリエラは表情こそ変えていないが二人以上に魔力を感じているはずだ。
どうしても英雄たちは玉座に座る存在に釘付けになる。3人の中でも一際巨大で強い魔力を放ち、凄まじい存在感であった。体つきは人間に似ているが金属の鎧と一体化したような姿で鈍く光っている。玉座に深く腰掛け、足を大きく開き、英雄達を見下ろしている。顔はドラゴンのような異形であり、玉座の後ろから太く長い尾がゆらゆらと揺れていた。
今まで戦った魔物とは比べ物にならないことは一目で分かった。最も高い権力と武力の頂点であるノマダスの王、人類の厄災である魔王の元についに来た。
謁見の間を中程まで進み、ポポロが立ち止まった。パルは目で頷き、魔王に対し跪き、3人もそれに倣った。
「お招きいただきありがとうございます。私はパルと申し、シュマルハウトにて「賢者」などという身に余る称号を拝命しております。こちらは戦士イプロス、魔道士のグリエラ、騎士のナイルズです」
しばらく反応はなかったが、頭上から重く金属の擦れる音が鳴った。魔王が体を動かしたようだ。
「顔を上げてくれ」
思っても見ない、軽い声と口調だった。一行は驚いて顔を上げると、肘を膝に置き腕をだらりと下げ、こちらに顔を近づけこちらを見ていた。表情は鎧の様な顔のためよくわからないが、笑っているようにも見えた。
「よく来てくれた。こんな敵地のど真ん中まで来た勇気に敬意を表する。私はルーポト、ノマダス王だ、こちらは政担当のバラドラ、こっちは戦担当のパルグアンだ」
ルーポトはさっさと左右を指差し、砕けた調子で紹介した。両側の恐ろしげなアンティノキアは微かに頭を動かした。そしてルーポトがさらに顔を近づけ言った。
「さて、早速本題に入るか。お主達はどうしたい?」
唐突な問いにパルは戸惑った。何が何だかわからない。
「恐れながら、どうしたい、とは」
ようやくの思いで問い返す。
「陛下」
英雄たちから見て左隣のアンティノキアが口を挟んだ、バラドラと紹介されていた方だ。
「そうだな、すまん。いきなり訳が分からんな。単純な話だ。私を倒すべく人間の中に稀有な才能を持つ者達が現れ、英雄としてやって来たと聞いた。迷宮の門番を倒したほどだ。実力も確かだろう。だから戦おうかと思って来てもらった」
「なっ…」
パルは絶句した。あまりにもふざけていると思ったポポロの予想が概ね当たっていたのだ。「顔を見てみよう」ではなく「戦ってみよう」ではあったが。しかし当のポポロは困惑したような顔でルーポトを見ていた。
「お互い悪い話じゃないだろう。こちらとしては人間の切り札としてやって来たお主達を倒せば、人間達の士気は下がり今後やりやすくなる。お主達は手っ取り早く敵対するアンティノキアの王と戦える。万が一勝てばお主達の誰かがノマダス王となり、この国を好きに扱うことができる」
恐るべき発想であった。人間からするとあまりにも短絡的すぎて思いつきもしない。よしんば思ったところで即座に却下するような考えだ。それを実行に移そうという国王がいることが衝撃であった。それだけではない。あまりにも聞き捨てならない発言がノマダス王から出たのだ。
「お…お待ちください。ノマダス王になるとはどういうことですか!?」
あまりに突飛な話に理解が追いつかなかった。イプロスも目を丸くし、魔王とパルを交互に見ていた。
「なんだ知らんのか」
ノマダス王、ルーポトは意外そうに目を光らせた。
「ノマダスにおいては一つの地位が欲しいものは、その地位を持つものに挑戦し、倒せば良い。つまりお主らが私を倒せばノマダス王だ」
「は!?」
パルは無茶苦茶な話だと思った。他所から来て国王に喧嘩で勝てば国王になれると言っているのだ。そんな方法で国の王が決められてたまるか、と言うのが口から出かかった。まさにその時謁見の間に一つの声が響いた。
「獣の群れかよ」
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