56.誰でも
王宮に入ったアールス達は、まずは客間に案内された。
意外なことに家具や調度品は人間の使う大きさと合っていた、案内の女官もアールスよりは大きいが見上げるほどではなく、しなやかな草食獣に似た姿をしている。聞くと元々はエルロフ用に作られた客間らしい。窓からは美しい湖が見え、陽光をキラキラと照り返していた。「夕食までおくつろぎください」そう告げて、女官は静かに退出した。
荷物を置き、景色をひとしきり眺め、サカキのいる部屋へ向かった。扉を叩き、「アールスです」と告げた。返事はなかったが程なく扉が開き、サカキが顔を覗かせた。無言であったが部屋に入るよう促してくれた。隣の部屋なのでそれほど景色は変わらないが、やはりノマダスも他国の将軍を迎えるとあってか、こちらの部屋は広く、調度品も豪華な様に見えた。
サカキがティーポットから茶を注いだ。アールスも隣の部屋で貰ったものだ。
「いただきます」と口をつけ、早速サカキに疑問をぶつけてみた
「あの…サカキ様がルーポト…様にした質問ですが…」
アールスがおずおずと口を開くとサカキが頷いた。穏やかな表情で先を促す様子だ。
ここまで旅を共にした結果、アールスはサカキが戦いにおいては鬼神と化すが、普段は非常に穏和で繊細な男だという事がわかった。絵の技術もそうだが、語り口も穏やかで兵士特有の威圧する様なところは微塵も感じない。身分にもそれほど頓着はないようだ。最初はアールスが話しかけても無口で表情があまり動かないため、快く思われてないのかと考えたが、ルーポトに対しても同じ様なものだった為、注意深く観察しているうちに、表情が読み取れる様になってきた。
「イプロス様がノマダス王というのは…どういう…」
「アールス君はノマダス王になる方法を聞いたかな?」
サカキはアールスのことをアールス君と呼ぶ。今まで君などと言われた事がなく、いまだに慣れない。
「ええ。ルーポト様から直接伺いました」
「私はこの任にあたる前に、陛下とレイムル様から伺った。『強いもの』なら誰でもなれる、と」
「はい。貴族に限らず平民でも挑戦し倒せばノマダス王になれると聞きました」
思えば驚くべき制度だ。言わば一番喧嘩の強い奴が国王なのだ。権謀術策や身分も関係なく腕っ節で地位が決まる。初めて聞いた時は無茶苦茶すぎるとアールスは思ったが、夢があるな、とある種の爽快感があったことは否定できなかった。
「ああ。私もそれを聞いたとき、アンティノキアなら身分を問わず誰でもノマダス王になれると思った」
「違うのですか?」
「そこから少し考えた。本当に『誰でも』ではないかと」
「?」
あからさまに理解できない顔をしているアールスにサカキは笑みを浮かべて続ける。
「つまり、わたしでもルーポト様を倒せばノマダス王になれるのかも知れないと考えた。推測だが」
「…あ!人間でも、という事ですか」
「うむ。イプロス様は魔王を倒した。だからノマダス王を名乗ることが出来るのでは?と思った。実際は英雄たちは4人がかりで戦ったのだろうから、資格はないのかも知れないが」
一対一でない限り、地位を奪うことはできないと言う決まりはあってもおかしくは無い。サカキは茶を一息に飲み干し、続けた。
「ドラゴンの姿が多いと君が言った時、ルーポト様は先王の影響とおっしゃった。ということはイプロス様はノマダス王にならなかったのだな、と推測はできたんだが」
アールスはため息をついた。自分は何も考えず見たままを質問し、先王の影響という答えに、なるほどと呑気に考えただけだったのだ。「私は何も考えてませんでした」と正直に告白したアールスに対しサカキは自嘲気味に笑った。
「私の考えすぎかも知れん。やはり王になれるのはアンティノキアに限られ、先王の死後には強者たちが次々と名乗りを上げ、勝ち抜きで地位を得た――それが最も自然な解釈だろう」
アールスも確かにそれが妥当なところだろうと思った。人間までなれるとなればいくら何でも「誰でも過ぎる」気がする。
「ルーポト様は私の質問を一笑に付されると思っていた。『なぜ人間が王に?アンティノキアだけに決まっているだろう』とでも仰るかと思っていたが、『鋭い』と言われた」
よくわからないな、とサカキは静かに笑った。
「和平の使節として来た以上、その辺りも聞いておきたい」
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