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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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53.ノマダス

 結界をくぐると、一気に世界が明るくなり、長い暗闇に慣れていたアールスとサカキは目を細めた。少し目が慣れたすぐ先に壁のような物が立っている。


「久しいな、バラドラ」

 続いて結界を出てきたルーポトがそれに向かって声をかけた。壁がうっそりと動いた。

「この度の陛下のご帰国、祝着至極に存じます。そろそろかと思い、お待ちしておりました」

 アンティノキアであった。ルーポトに対し跪いている。その後ろに控えていたアンティノキアの兵士たちも一斉に跪いた。

「よくぞ国を預かってくれた。礼をいう」

「もったいなきお言葉」

 バラドラと呼ばれたアンティノキアはさらに首を垂れた。


 ドラゴンのような姿をしているそのアンティノキアはアールスの想像する禍々しい魔族そのものであった。ルーポトと共にいるにも関わらず、背中を冷や汗が伝う。

「シュマルハウト王国から来た使者だ。サカキ将軍と宮廷魔道士のアールス殿だ」

 ルーポトが告げるとバラドラは二人を見た。

「よく来られた。人間の国から使者を迎えることができ、喜ばしい」

 地の底から響くような、重く低い声だった。こちらを見下ろす目は穏やかで、知的な印象すら漂っていた。

「この者はバラドラ。そなた達で言う宰相を務めるものだ」

 アールスは驚いて頭を下げた。いきなり宰相に会うことになるとは。そして巨大な姿に気圧される。

「も…勿体なくもノマダス王直々にご案内いただき、使者として参ることができました。こちらはシュマルハウト王国にて将軍を務めるサカキ、私は宮廷魔道士を務めるアールスと申します。よろしくお願いいたします」

 無言のサカキにかわり、過去に叩き込まれた礼儀作法を全力で思い出しながら、なんとか挨拶を行う。

「丁寧な挨拶、痛み入る」

 バラドラは目を細めた。

「バラドラ。邪魔だ。使者殿にファマトゥの景色を見せてやってくれ。私も見たい」

 ルーポトが笑って言った。

「これは失礼しました。王都ファマトゥ。ご覧あれ」

 バラドラが低く笑い身を引くと、景色が目に飛び込んできた。


眼下にノマダスの「街」が広がっていた。何体かのアンティノキアが空を移動しているのが見える。

 街は切り立った渓谷にあり谷底には美しい青い川が這うように流れている。幾つもの建物がその地形に張り付くように建てられており、崖の岩をくり抜いて造られている施設もあちこちに見られる。渓谷の縦横にいくつか橋もかけられており、極めて立体的な構造をした街であった。切り立つ壁からいくつも滝が流れ落ちており、目を奪われるほどの絶景だった。「英雄の旅」によって「魔都ファマトゥ」の名は知っていたが、風景の描写はほとんどなかったのだ。

 魔族の都、「ファマトゥ」という謎めいた響きから、陰鬱で不気味な風景を想像していたアールスは目を疑った。サカキも目を丸くし、すぐに背嚢に手を伸ばし、絵の道具を取り出そうとしていた。

「こんなに綺麗なところだったのか」

 アールスは思わず呟いた。


「美しい。変わらんな」

 ルーポトが言った。何故だかその表情は何の感慨も浮かんでおらず、無表情そのものであった。

「皆に王の帰還を告げます」

 バラドラが景色を見下ろす崖の端に立ち、手を広げた。空気がビンと震え、アンティノキアの異質な魔力が放たれるのがわかった。

 遠くで空を移動していた何体かのアンティノキアが弾かれたように体を震わせ、移動を止めた。遠目から見てもこちらを見ているのがアールスにはわかった。

 岸壁にへばり付くように建てられた施設の窓や、玄関の扉が各所でバタバタと開き、アンティノキアの民が姿を現した。その誰もがこちらを凝視している。空にいたアンティノキアも着地したのか、いつの間にかいなくなっている。アンティノキア達は誰も動かず、風も止んだファマトゥは時が止まったかのような静けさである。

「陛下」

 バラドラが静かにルーポトを見た。ルーポトは頷き、バラドラの隣、崖の淵に立った。ゆっくりと視線を動かし、固唾を飲んで見守っている全てアンティノキアを視界におさめ、手を振った。


____!

 地響きのような轟音がファマトゥを満たした。

 アンティノキアの民が王の帰還を祝う咆哮にも似た歓声だった。それは物理的圧力となってビリビリとアールスを叩いた。

 ここに来るまでの間、ルーポトの和平を求める主張と考えを異にする、パルグアンのような主戦派も少なくないとルーポト自身に聞いていたが、それが嘘のような圧倒的な支持に満ちた声であった。見渡す限りの民がルーポトに向かって手を振り、歓声を上げている。ルーポトの後ろ姿を見つめ、ようやくアールスは完全に確信した。


(この男は確かにノマダス王なのだ_)

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