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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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52.英雄の旅

「おおお」

 本当に実在していたのか_。

 首が痛くなるほど見上げながらアールスは感動していた。「魔界の大門」がアールス達を見下ろしている。英雄達のサーガでは迷宮の戦いを経て、この門が地響きを立てて開く。ついに開いた大門の前で勇者イプロスが数千の兵士を前に檄を飛ばし、鬨の声とともに砂煙を上げノマダスに向けて雪崩れ込む。それは人間勢の反撃の始まりとして語り継がれ、何度も芝居の演目にもなるほどの名場面である。シュマルハウトの人間ならば誰でも知っている、子供の頃から幾度となく聞かされてきた話でもある。


 ここに至るまでの道のりも一月ばかりかかる長いものだった。サカキもアールスも鍛錬を兼ねており、魔獣避けの術や護符を使わなかったため、道中次から次へと魔獣が現れ、数十頭の魔獣を退けここまで来たのだった。


 伝説として語り継がれた大門が想像を超えた大きさで目の前にある。そして英雄達も見たこの光景を、200年の時を経て自分も見ているのだ。震える様な高揚感がアールスを満たしていた。サカキはしばらく感慨深げに眺めていたが、すぐに背嚢から画材を取り出し、ペンを走らせ始めた。

「我々は『ノマダスの門』と呼んでいる」

ルーポトが大門に近づいていく。

「あの門を開けるのか!?」

 アールスが期待に満ちた声で言った。

 ルーポトはそれには答えず、大門から少し右手に逸れた岩壁に近づき、何かを探すように手をかざしていたが、すぐに立ち止まり「ここだな」と呟くと、壁に手を当てた。すると、そこに門が現れた。人が馬に乗り通るには十分な大きさだが、例えばパルグアンなら身を折らないと通れない程度の大きさだ。

「こんな物があったのか」

「あの大門は数人が通るには大仰だし、全開にする必要はないにせよ大門を開けるのは多大な魔力を消費する。なので私が作らせたものだ。大門内の隧道に繋がっている」

 ルーポトは現実主義者らしい。大門が開くのを見てみたかったアールスは少々がっかりする。


 隧道内は真っ暗なため、アールスは魔道の灯りを2つ程出した。

 暗闇の短調な景色の中なので、時間の感覚がわからなくなってくるが、随分と経っているはずだ。カツカツと蹄鉄が石畳を叩く音が妙に大きく聞こえている。

 この隧道に踏み込んだ英雄と数千の兵士達は、待ち受けていた魔物の軍勢達と暗闇の中激突した。兵士達は多数の犠牲を出しながらも血路を開き、英雄達をノマダスに送り出した。とサーガでは語られている。アールスは隧道の壁や石畳を観察していたが、200年も経っているためか激闘の痕跡はどこにもない。すでに修理が施された後なのだろう。


 英雄達のサーガとして最も知られているのは、「英雄の旅」というわかりやすい名前のついた書物である。

 ノマダスにおいて魔王を討伐し、華々しく凱旋した英雄達はグリエラを除く3人がそれぞれ旅の手記、報告書を提出した。当時の王や宰相も英雄達に対し聞き取り調査を行い、官僚達も細部に至るまで英雄達の足跡の聞き取りを行なった。さらにシュマルハウト軍の動向も合わせて調査され、それを元に編纂された書物が「英雄の旅」である。書物は王立図書館にも多数並べられており、子供にも読めるように優しくまとめられた物やさらに絵本まである。シュマルハウト人なら一度は目を通していると言っても過言ではない書物である。アールスも孤児院にいた頃、何度も夢中になって読んでいる。


かつて英雄達も通った足跡を同じ様に歩んでいる_。当時ここは人間と魔物の魔道、剣戟の音、そして怒号で満たされていた事だろう。感慨深い思いでアールスは暗い道を歩いていた。

「まだまだかかるのか?」

 アールスが前を行くルーポトに尋ねた。

「もう着く」

 こちらを見ることもなくルーポトは馬を進めている。サカキも黙々と後に続いている。さすがにここでは画材の出番はない。


 程なく「ここだ。結界を解く」とルーポトが馬を止めた。

「もしかして空間操作の結界か」

「その通り。結界を見付けない限り、この隧道を永遠に歩く羽目になる」

 ルーポトが無造作に腕を振ると、隧道を塞ぐ結界が現れた。よほど巧みに隠されているのかアールスには結界の存在を全く探知できなかった。英雄たちはこれを見破り突破したということだ。おそらくグリエラであろう。ルーポト自身が多大な魔力を使うと言った大門を開け、そして出口となるこの結界を見つけ、くぐり抜けたのだ。やはり英雄一行は人ならざる実力を持っていたのかと感嘆した。

「この向こうが…?」

 アールスは結界を凝視した。

「そうだ、ノマダスだ。ここから転移できる」

 ルーポトが結界の前に立ち、アールス達を促した。

「転移だと!?」

 アールスは驚いて後ずさる。


 人間の転移は未だ夢の魔法である。魔道の塔でも専門の部隊が日夜研究に勤しんでいるが、生物転移の成功例はない。小さな羽虫でさえ成功していない非常に困難な魔法だ。植物なら転移できる様になったがこれもごく最近のことである。人間を送るとなれば術式、理論、安定した魔力など、数多くの課題が山の様にあるのだ。今の技術で魔道士たちが人間を送れば、転移先で待ち構える者はおぞましいものを見るだろう。

「ああ、安心しろ。王都ファマトゥは何度も転移している場所だからしっかりと『道』ができている」

 草生い茂る山も獣が何度も通れば獣道となるように、亜空間も何度も通ることで通行しやすい「道」ができる。これはシュマルハウトの魔道研究部隊の者も同じ様なことを言っていたが、それでも生体転移は別次元の難易度だとされている。


「さあ、通れ。ノマダス王はシュマルハウト王国の使者を歓迎する」


 アールスはサカキを見た。サカキは目顔で頷き返した。

 二人は結界をくぐった。

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