4.会話
アールスは荒く息をつきながら呆然と男を見ていた。男は何事も無かったように薄く笑みを浮かべアールスを見ている。
「どうなってやがる」
アールスは苦々しげに吐き出すとゆっくりと歩きだし、男の向かいの席に乱暴に腰を下ろした。
「少し信じる気になった」
「それは重畳」
男はゆっくりと本に目線を落とす。
全く歯が立たなかった。アールスは知る限りの術を駆使し、ただ悠然と座っている男に拘束・攻撃魔法をかけたが、男の言う通り、これほど相手になんの影響も無いとなれば、次元が違うと言うほかなかった。加勢を呼んでも無駄だろうと妙に確信できた。
落ち着いて考えてみれば、重要書物庫でこれだけの魔法を使ったにもかかわらず、他の魔道士が異常に気づき飛び込んでこないのはあり得ない事だった。
どのような方法を使っているのか見当もつかない。
「お主なかなか大した者だな」
男は興味深そうな様子でアールスに目を向けた。
「皮肉かよ」
「そうではない。よく考えられた攻撃だった。少ない魔力を杖と法具で効果的に増幅していた。さすが宮廷に仕えるだけのことはある」
「少ない魔力…」
アールスは愕然として呟いた。宮廷魔道士は国全土でも選び抜かれた素質と魔力を持った者が選ばれる。そしてその力をもう煙も出ないほどまで吐き出した。それを少ないとこともなげに言ったのだ。
「ところでアレはどうやったのだ?」
男が不意に尋ねた。
「何がだ?」
「杖と法具を出しただろう?重要書物庫には武器は持ち込めなかった筈だ。私が虚をつかれるのはいつぶりだろうなあ」
男は昔の記憶を辿るかのように視線を上に漂わせた。
「あんたと同じだ。気配を消したんだよ」
アールスはあっさりと種を明かした。これだけ実力差のある相手である。少々喋った所で構うまいという気分だった。それにもし生きてここから出られた場合にできるだけこの男に喋らせ情報を取りたかった。
「物だけ気配を消したのか?」
「そうだ。この程度の物だけなら俺でも何とかなる。ここの警備方法や結界については大体わかるから後はコツさえあれば結界にも引っかからない」
「なるほどな。そんな使い方もあるのだな…いや、面白いな」
男は本当に感心しているようだった。
「あんたなら児戯にも等しいだろう」
「確かに聞けばその通りだが、人間の技や知識と言うのは私には非常に興味深いのだ」
アールスは訝しげに男を見た。
「…本当にアンティノキアなのか?だとしたら初めて見た。普通の人間にしか見えん」
アールスの思うアンティノキアは全身に鱗が覆う爬虫類のような姿で角や鋭利な爪、牙を生やした見るからに禍々しい生物だ。と言ってもその知識は魔道学問所や言い伝えによるもの程度だが。
「我々アンティノキアは体内の魔素から自らを理想の形に近づける。私にはこの姿が都合がいい」
「都合がいいだと?その姿で人の中に潜り込み、また我々に災厄を振りまくつもりか!?」
アールスは激して詰問する。だが男は静かに首を振る。
「そんなつもりはない。あれから200年、アンティノキアは一切人間と矛を交えていないだろう。今後もその方針だ。私は無闇な戦いは好まない。この姿は人間の国々を平和に旅するのに都合が良かったというだけだ」
アンティノキアの男は静かに、アールスを正面から見つめ言った。
男が言うには魔王が倒れた後、しばらくしてからノマダスを出、姿を変え大陸中の国々を長い時間をかけ旅し、人間の事、人間の魔道などを学びながらここ、シュマルハウトに辿り着いたのだという。
アールスは戦いを好まないアンティノキアなどハナから信じはしなかったが、男の『今後もその方針』という言葉が気になった。まるでアンティノキアの権力者、あるいは中枢を知る幹部のような発言である。彼は改めて男を見据えた。一体何者なのか。
「名前を聞いても?」
正直に男が答えるとは思っていなかったが、万が一生きてここを出ることができた場合に少しでも情報を得ておきたい。魔道士長やレイムル師なら、何か知っているかもしれない。
アールスの問いに男は簡潔に答えた。
「ルーポト」




