48.戦場跡
「サカキ殿はナティアに着かれたでしょうかな」
カール5世の執務室で茶を啜りながらレイムルは窓の外に目をやった。王都ファルスは灰色の雲が低く垂れ込めており、時折窓を雨がたたいている。
「予定ではそろそろ着いている頃だ。着き次第報告が来るが、時間差があるからな」
報告は現地の魔道士から連絡が中継されてくるはずだ。着いているとしても半日程遅れて届くだろう。
「しかしサカキ殿とは驚きましたな。いやあ羨ましい」
「ハハハ、お主も相当駄々をこねたな」
使者の人選の際、真っ先に手を挙げたのはレイムルであった。その様子は土下座せんばかりの願いようだったが、旅路の長さと危険を思えば、高齢の身にその任を負わせるわけにはいかなかった。
「ノマダスに行けるなら、命に変えてもと今も思っております。一目見てみたかった…」
寂しそうに呟くレイムルを見てカール5世は苦笑した。
「まあそう言うな。ノマダスについてはいずれサカキがつぶさに報告してくれよう。奴はあんな質だ、器用な男ではない。にもかかわらず将軍にまで上り詰めた。己の剣技と軍略の才能は突出している。ノマダスを見てもらうには最良の人選なのだ」
カール5世はサカキの派遣に至る紆余曲折を思い返していた。
軍を預かる将軍を紛争中の国に送るなど、狂気の沙汰とも言えなくはない。そのため他国の情勢を徹底的に洗い、国内も安定していることを確認したうえでの決断だった。サカキとも話し合いを持ち、今この平和な時期に副官に軍を預け、後進に経験を積ませるという案に前向きだった。
そしてカール5世はサカキにノマダス派遣を命じた。今までのルーポトの言動・行動を勘案し、決断したのだった。その後サカキが副官に業務の引き継ぎを行い、ようやくサカキ派遣の準備が整った。のべ2ヶ月近くかかる出来事だったのだ。
「わかってはおるのです。しかしあと10年若ければ…と悔やまれます」
「それでもお主は70ではないか。私は止めるぞ」
カール5世は呆れて笑った。
サカキ自身は到着後すぐにでも出発できると頷いていたが、マンフレート辺境伯のたっての希望で、2日程兵士たちに胸を貸してやることになった。マンフレートとしては王都と遠く離れた地に来た将軍をみすみす素通りさせる気は無かった。ナティアの兵士たちも色めき立った。
サカキ将軍は身長は2エル近くありアールスに比べて頭一つ大きい。鍛え抜かれた筋肉が体を覆っており、膂力で相手を圧倒するような戦いをする様に見えるが、無骨な見た目に反して華麗な剣捌きで有名であった。サカキの剣は大剣ともレイピアともつかぬ、特別に造らせた剣である。
その剣を巧みに用い、対戦した腕に覚えのある兵士たちの剣を次々と弾き飛ばした。ルーポトでさえ見惚れるほどの膂力と技術の融合であった。剣を飛ばされた兵士たちは悔しそうな顔を見せながらも、将軍と戦えたことに顔を火照らせていた。
この2日間のおかげでアールスは2ヶ月の滞在で懇意になった魔道士達や兵士、自由労働者協会のもとに顔を出し、出立の挨拶を行うことができた。みなアールスの出立を惜しんでくれた。サカキが来たことでただ事ではないことが起きていることは感じており、色々聞いてくる者もいたが、無論口外はできないため誤魔化さざるを得なかった。ノマダスへ行くなどと言ったら飛び上がるだろう。
ルーポト一行はサカキのナティア到着から3日後、準備を整え出発した。マンフレートからは馬を提供された。ノマダスに近づくにつれ街道も途切れ、獣道の様な場所も通る為、馬車は使えないためだ。ノマダスまでの道はノマダスの南端、クロム峡谷の監視兵が使う道を通る。かつて英雄達も通った道だという。
そして今一行はルーポトとパルグアンが戦った荒地に辿り着いていた。
再びこの景色を見るとは…そして今度はここをさらに越え、ノマダスに行こうとしている。アールスは予想もつかない展開に振り回される思いだ。しかし自分が歴史の只中にいる実感があった。
もっとも自分が歴史に名を残すと思うほど自惚れてはいない。「シュマルハウト王国の将軍サカキが、魔王と共に人間として初めてノマダスに使節として派遣された」と後世には書かれそうである。親切な歴史書なら「将軍サカキが『従者と共に』」と添えてくれるかもしれない。
サカキは戦いの跡を調べていた。パルグアンの放った火球の跡は煤の残った巨大な穴として直線上に点在しており、その大きさにサカキは驚いている様だった。
アールスも前回訪れた時に、火球の跡には近づいていなかったので、サカキ同様に驚いた。このような攻撃を行う、いやそれ以上であったろう魔王に英雄達がどうやって勝ったのだろうと、いくら考えてもわからなかった。旅の途中で力を増幅するとんでもない魔道具でも見つけたのだろうか。何の根拠もない発想だが、そのような突飛な物でもない限り人間が勝てるとはどうしても思えなかった。
「すごい…威力ですね」
アールスが言うとサカキは小さく頷いたようだった。
するとサカキは背嚢から紙束と皮の包みを取り出した。皮の包みを解くと、インクと羽根ペンが入っている。そしてアールス見て「下に、行ってくれ」と穴の底を指さした。
「え…穴の底へ行けって事ですか?」
アールスの問いにサカキははっきりと頷いた。アールスが穴の底に降りると、「そこにいろ」という様に手で制し、羽根ペンを動かし始めた。アールスは棒のように立っていたが、しばらくすると上がってくるように手招きされた。穴を上り下りしたことで、改めてその大きさと、破壊力に慄然とする。サカキの元に戻ると、描いたものをアールスに示した。
「おお」
それは緻密な素描であった。遠くの背景は少ない線で簡略に、近づくにつれて緻密に描かれている。穴の底にいるアールスも描かれており、対比で穴の大きさがわかりやすい。冗長な説明による報告書よりもこれ一枚でほぼ全ての状況がわかる雄弁なものであった。
「サカキ様にこの様な特技がおありとは…」
アールスは感心して言った。
「おお。これはすごいな」
いつの間にか近づいて後ろから覗き込んだルーポトが嘆声を上げた。
「これだけ描けていれば、状況がよくわかるな。良いぞ」
魔王に褒められサカキは面映げである。
「ノマダスはきっと描きがいがあるぞ。美しい場所だ。きっと気にいるだろう。遠慮なく描くがいい」
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