47.使いの騎士
王都からの使いが来た日、アールスは自由労働者協会に行く支度をしている所だった。
昨日魔獣狩りの仕事を無事終えた為、また依頼を物色に行こうと思っていたのだ。
靴紐を結んでいる時、外からざわめきが聞こえてきた。方向的に砦の門や庭のある辺りだ。アールスの滞在する部屋の窓からは様子は窺えない。また後で誰かに聞こうと考え、そのまま外出の支度を続けていた。その時、アールスの元に使いがきたと知らせが届いたのだった。
その知らせを聞き、アールスは軽くため息をついた。
(とうとう来たか…ま、そりゃそうか)
一ヶ月と聞いていた滞在が大幅に伸びていたのだ。いつ帰還命令の使者が来てもおかしくはない。わかってはいたが滞在生活はなかなか刺激的で気に入っていた為、少なからず落胆していた。得るものは大いにあった。なんといっても自分が意外と強いということがわかり、まんまとワトビアの言う通りというのが癪だが、自信になったのだった。
さて王都に戻るか、とアールスは考えていた。ただできるなら出立までに、ここで出会った人々へ別れの挨拶くらいはしておきたかった。
そんな事を考えながら、マンフレートの執務室に行くと、マンフレートが机に向かいどっしりと腰を下ろしており、使者と思われる、旅塵の残る騎士が直立不動で机を挟んでいる。ルーポトも窓辺に立ち、外を眺めている。アールスは騎士の姿を見た瞬間、その男自身が外でのざわめきの原因だということがわかった。そして嫌な予感がする。
「彼がアールスだ」
マンフレートが騎士に告げると、騎士は踵を返しアールスに向かって軽く頷いた。アールスは急いで敬礼する。
騎士はシュマルハウト王国の将軍。サカキであった。「世界最強の剣士」と言われているその人である。騎士団に入隊後みるみるうちに頭角を表し、当時35歳の若さで将軍の地位についたのだった。とはいえそれは10年以上前の話であるため、現在の年齢はそろそろ50歳に届こうかという所だ。軍略に優れ、兵士を指揮する立場ではあるが、いまだに剣技においては衰えを見せず、「世界最強」の名は色褪せていない。物静かな武人として知られ、人柄などは謎に包まれている。
サカキは姿勢良く立っていたが、おもむろに背嚢から木製の筒を取り出し、無言でアールスに手渡した。
「ありがとうございます」
木の筒には丁寧な事に魔道による封印が施されていた。アールス以外の人間が筒を開けると、書類が消滅する。嫌な予感がさらに強まった。こんな封印を施した文書など、普通の帰還命令ではあり得ない。
ましてや持って来た人物が人物である。
アールスは一つ深呼吸をし、覚悟を決めて封を切る。木の筒の中には1枚の紙が丸められて収まっていた。取り出し、ゆっくりと広げ読み下す。
「…」
アールスは一つ深呼吸をし、再び読み下す。
三度読み下したが、書かれている内容が変わることはなかった。
「ノマダスだと…」
それは和平の提案を行う使者としてサカキ将軍とともにノマダスに赴き、ノマダスの視察を命じる内容であった。
「何と書かれておるのだ」
マンフレートが身を乗り出して聞いてくる。アールスは文章をそのまま読み上げた。
「ほおお、ノマダスにか。それにしてもサカキ殿までとは驚いたな」
アールスも頷いた。自分のノマダス行きよりもサカキが行くことの方が驚きであった。将軍といえば当然国の守りを預かる頂点であり、そんな彼が王都を空けることなど考えられなかった。ましてや現在も紛争中のノマダスに将軍自ら赴くのは危険すぎる。
そうなのだ。シュマルハウト王国とノマダス王国は現在も紛争中である。英雄一行が魔王を倒した後、ノマダスは一方的に鎖国を行った。いまだに手続きの上では戦争中であり、休戦中といった認識なのだった。
「歓迎するぞ」
ルーポトが笑みを浮かべた。
「まあ、世はなべてことも無しということか」
マンフレートは安心したように髭を弄っている。今のところ王都、そしてシュマルハウト王国はアールスも平和だと思っている。サカキ程の者がこの辺境に地に来るには、周到な調査と手続きが重ねられてきたに違いない。
「平和な王都ではな…サカキ殿も剣を振るいたくなるだろう」
マンフレートがニヤリと笑いサカキを見た。サカキの首がピクリと動いた。頷いた様だったがアールスにはまだ判別できなかった。魔道士同様王都の兵士たちも厳しい練兵は行っているが、実戦経験はほぼない。それは最善な事なのだが、鍛えた力を試したくなるのは当然とも言えるだろう。
「まずはサカキ殿もついたばかりだ。ひとまず旅装を解き休まれよ。いつ出立するかは改めてお伺いしよう。部屋に案内する」
マンフレートが立ち上がり、執事を呼んだ。
よろしければ、評価・ブックマークお願いいたします。
励みになります。




