40.対峙
「お久しゅうございます。陛下」
太く、低い声が下げた頭から聞こえてくる。
『陛下』と確かにパルグアンは言った。しっかりと跪き臣下の礼をとっている。やはり丘に立つ男は本当に魔王なのだろうか…とアールスは思った。疑念は完全に払拭されたわけではないが、確度は上がった様に思える。
「よい、顔をあげよ」
パルグアンが頭を上げた。精悍な力強い目がルーポトを見た。
「お探し申し上げておりました」
「…ルーポトの名を取りに来たか」
ルーポトの声は静かだ。
「陛下のお考えが変わっておられなければ…」
「変わってはいないな」
あっさりとルーポトが言った。
「やはり人間と和平などと申されますか…ではルーポトの御名を頂戴いたします」
パルグアンは嘆息し、胸の前で印を結ぶような仕草をした。空中から一枚の羊皮紙が現れ、ルーポトの前に漂いながら落ちてくる。アンティノキアに適した大きさのためか、絨毯ほどもありそうだ。ルーポトはそれを受け取り、軽く目を通し指でサラサラと紙面上をなぞった。
「今からで良いのか?突然呼び立てたゆえ、整ってからでも良いぞ。なんなら明日にするか」
「今からで構いませぬ」
ルーポトを睨みつけ言い放ったパルグアンの返事に、「そうか」と静かに答え、ルーポトが胸の前で印を結ぶと、羊皮紙はかき消えた。
「ふむ、こちらもいつでも良いぞ」
ルーポトは両腕を大きく広げ、迎え入れるように構える。パルグアンが後方に跳躍し立ち上がり、距離をとった。遠くで見ているにも関わらずアールスはパルグアンの大きさに圧倒される。
(ドラゴンと素手で戦えそうなガタイをしてやがる…)
まさしく化け物の大きさだ。対してルーポトは長身とはいえ人間のそれである。魔道の戦いは体格差は関係ないとはいえいかにも心許なく映った。
「何故力もなく小賢しい人間に肩入れなさるのか理解できませぬ。先の戦いでも人間どもは奇襲を行なう、情報を操るなど策を弄し、およそ正々堂々とは言えぬ薄汚い性根を持っておりました」
その声には苛立ちと心底からの当惑が滲んでいた。パルグアンが言う「先の戦い」とは200年前の話なのだろう。アンティノキアにとっては情報戦や戦術さえも卑怯に映るのかとアールスは呆然とした。人間にとってはアンティノキアの考え方では命がいくつあっても足りない。
「気持ちは分からんでもない。しかし人間から学ぶことも非常に多いのだ」
取りなす様にルーポトは言ったが、火に油を注ぐ様なものだった。
「人間の世界に触れすぎ、心まで人間の様になってしまわれたか。私はやはり先代ルーポト様の意思を継がせていただく」
「そのような事は勝ってから言え。さっさと来い」
挑発的に顔を逸らし、言葉を投げるルーポトに対し、怒りに満ちた眼でパルグアンは身をかがめ、胸の前で両手をかざした。
魔力の圧力が膨らみ手の中から火球が生まれたかと思うと、一気に大きさを増した。
「!」
ワトビアとアールスは急いで防御結界を張った。かなりの距離があるのだが、一瞬顔を掠めた熱は凄まじいものだった。その巨大な火球はまだ成長を続けており、パルグアンを中心にして周囲の下生えはすでに燃え上がっている。直径が2エル程もある小太陽とでも言えるその火球をパルグアンは魔道の力で全力で発射した。
火球は轟音を立てながらルーポトに殺到し、その姿を覆い隠した。そのまま貫くように後方へ飛び遥か遠くの地面につきささり、巨大な爆発を上げた。しかし火球の勢いは衰えず、石が水面を切るように地面を切り裂きながら何度も跳ね、その都度大爆発を引き起こし、十数度の跳ねた後ようやく勢いを失い、最後の大爆発を引き起こした。噴き上がる爆煙がキノコの様な形に見える。アールスがあんなものを見たのは初めてだった。
(なんだあれは…)
もしあれが王都で起きたとしたら…と想像し背中が冷たくなる。
遠くでゆったりと上がっている様に見える爆煙にアールスはしばらく目を奪われたが、すぐにルーポトに目を向けた。
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