39.解放
「で、いつ始めるんだ?」
ワトビアがルーポトを見る。
3人は敷布を地面に敷き、車座で茶を飲んでいた。ワトビアがわざわざ持ってきた自慢の茶器と茶葉で淹れた茶で人心地ついている。
「もう一杯いただこうか」
ルーポトが優雅にカップを差し出した。「承知いたしました」とワトビアがおどけ、慣れた手つきで茶を入れた。
「これを飲んだら始めるか」
ルーポトが満足そうに香りを嗅ぎながら言った。
「…その…勝てるのか?」
アールスが恐る恐る聞いた。
ルーポトがカップを置き、灰色の空を思案するように見上げた。
「何しろ戦うのは200年ぶりだ。これでも多少緊張している」
「200年…魔王になった戦い以来ってことか?」
ワトビアとアールスは勘定に入っていない様子だ。仕方がないこととはいえ腹立たしいことであった。
「そうだな、あれからしばらく経ってから旅を始めたのでろくに戦っていない」
ルーポトは茶を飲み干して立ち上がった。首をぐるぐると回し、体をほぐし始めた。いかにも準備運動という動きが「魔王」という肩書きとあっておらず、アールスは目を丸くする。
「まあ勝たんことには戦争になるからな」
腰を捻りながらルーポトは言った。
そうであった。物見遊山で来たわけではない。このまだ名前もついていない広大な荒地で、国の行く末を決める戦いが始まるのだ。こちらも命懸けで防御結界を張り、見届けねばならない。アールスも自分の杖の調子と魔石に不足はないかあらためて確認した。
「パルグアンは強く、勇ましい奴だ。無駄な攻撃はしない。最初から決着をつけるべく、かなりの力でこちらに挑んでくるだろう。その初弾を受けてみれば、雌雄は判断できると思う」
ルーポトは体をかがめ足を伸ばした。
「受け止めるなんて悠長なことでいいのか?『攻撃は最大の防御』って言うぜ」
もしパルグアンの攻撃が受け止められないほどの物であったら…と不吉な想像がアールスに浮かんだが、それは口に出さなかった。
「まあ見ておけ。私はアンティノキアの闘い方だけではなく、旅や図書館で学んだ人間様の知識がある。役に立つだろう」
ルーポトは冗談めかした口調で笑った。
「では始めるか」
ルーポトは腰に手を当て体を伸ばし準備運動を終え、荒地の丘の頂上に向かい歩き出した。落ち着いた足取りである。
「負けんなよ」
何か声をかけるべきか、とアールスが逡巡しているうちにワトビアがルーポトの背に叫んだ。
ルーポトは振り向き「うん」と返事をし手を振った。
「『うん』だとよ」
ワトビアが笑って手を振りかえした。
しばらくしてルーポトが頂上に着き、右手を天に翳した。いよいよパルグアンに向け気配を完全に解くのだ。
遥か遠方からでも感じた、パルグアンによる人間とはまるで違う魔素の違和感。それを至近距離で『魔王』と呼ばれる存在が解放するのだ。下手をすれば体に不調をきたすかもしれない。
ワトビアとアールスはいつでも防御できるよう身構えた。
「!!」
一瞬ルーポト自身が青い光に包まれたように見えた。その直後、強烈な魔力が放たれた。意外なことにルーポトの放つ魔素には違和感と言えるものはほぼない。しかしそれは物理的な圧力を感じさせるほどの物だった。
「なんて魔力だ」
思わずアールスは顔を背ける。
「ハハハ、無茶苦茶だな」
ワトビアは呆れて言った。
「程なく奴は来るだろう」
丘の上にいるルーポトの声がはっきり聞こえる。念話だ。
「そんなに早く来るのか!?」
さすがのワトビアも少し慌てた様子で腰の杖に手をやる。
「ああ、茶を飲む暇もないぞ」
丘の上のルーポトは空を見上げている。
ワトビアとアールスはその視線を追った。
「あっ!」
突然、魔素の違和感に襲われた。暴風が叩きつけるような強烈なものだった。
そして、垂れ込めていた灰色の雲に穴が開き一瞬で大きく広がった。鮮やかな青い空が現れ日光が差し込んだ。眩しさに目を閉じる。
地響きとともに重い何かが地面に落ちる轟音が聞こえた。
開いた目に映ったのはルーポトの立つ丘の少し下方から上がる砂煙である。
そしてその煙の中から、巨大な翼の輪郭が浮かび上がり、音を立てて煙を薙ぎ払った。
現れたのは鎧を身に纏い、ルーポトの前に跪くアンティノキアだった。
筋肉質な体は人間とほぼ同じように見えるが、顔は鼻筋が伸び、白い狼のように見える。白く太い尾が、背後でわずかに揺れていた。
しかし何よりも目を引くのはその巨大さであった。ルーポトより低い位置で跪いているにも関わらず、目線の位置はルーポトとあまり変わらない。立ち上がればルーポトの4倍ほどの身長がありそうだった。
ルーポトとアンティノキアはしばらくその状態で対峙していた。
「久しいな、パルグアン」
ルーポトがアンティノキアに声をかけた。
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