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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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38.結界講座

「ふむ。悪くない」


 翌日の午後_。

 灰色の雲が垂れ込め、薄暗い森の中を進んでいた一行だったが、ようやく森が途切れ、開けた景色を眺めながらルーポトがいった。

 一行は切り立った崖の上に立っており、眼下に荒地が広がっている。マンフレートが戦場に使えると指し示した場所に辿り着いたのだ。

 ここまでの行程は順調であった。警戒していた魔獣が出ることもなく、遠くで遠吠えのような声を聞いた程度で、アールスはひとまず緊張を解いた。

 荒地は平坦ではなく、起伏があり所々に岩や茂みが点在している。


 整備は望むべくもないが街道の石畳はまだ続いている。崖に張り付くような街道を降り、荒地に降りた。荒地は広く、戦うには十分な広さがあるとアールスは思った。

「ノマダスだとアンティノキアはこんなところで戦ったりするのか?」

 ここまで共に旅をし、多少気安くなってしまった気がする。アールスは馬を降り、地面の感触を確かめた。

「様々だ。力のないもの達は街に闘技場があればそこで戦うし、それもなければ広い場所があればそこで戦う。そして強いもの、すなわち高位のアンティノキアは『神の器』と呼ばれる場所で戦う」

「神の器」

 ルーポトはゆっくりと頷いた。


「ノマダスの中央に雨の降らぬ荒野がある。その荒野のさらに中央に巨大な存在が器で掬いとったように地面が丸く抉り取られた場所がある。その穴の底で戦う。神聖で名誉な場所だ」

 アールスには聞くだけではその穴の様子や大きさがどうもはっきりしなかった。

 基本的には誰にも見られることなくそこで戦うという。戦いは見せ物ではなく神に捧げる神聖なものだからだ。

「俺たちはいいのか?」

「異教徒だからまあいいだろう」

 ルーポトはさらりと言った。

 アンティノキアにも信じる神がいるのかとアールスは意外な思いだった。ボッコと呼ばれる戦闘の神を奉じているらしい。ノマダス内にも神の像がいくつもあるという。この辺りの話はレイムルに教えたら喜びそうである。 

「ところで…その穴は誰かが掘ったってことか?」

「いや、アンティノキアの歴史の前からあったようだ。直径が1トルエル以上、深さが200エルほどもある巨大な穴だ。太古の火山の火口跡だとも、あるいは星屑が落ちた跡だとも言われる。中には巨大な神なる玉が埋まっており、それが飛び去った跡だ、という言い伝えもあるが、いくらなんでも荒唐無稽だろう」

 ルーポトは空を見上げ笑った。


 アールスも思わず空を見る。

「アンティノキアにもそんなお伽噺があるんだな」

 アンティノキアも親が子供に寝物語でそんな話を聞かせているのだろうか。トカゲの親玉のような母親が、寝具から顔を出した子供の頭を撫でながら物語を話している。アールスにそんな光景が思い浮かんだ。

「まあ、やっと着いたんだ。まずは飯でも食おうぜ」

 形のいい岩に座りワトビアはすでに荷をほどきはじめていた。


「戦いが始まれば、お主たちを守ることはできん。そのため忠告しておこう」

 ルーポトは岩に腰掛け、ナティアで調達した干し肉を口に放り込んだ。この旅でアールスが驚いたのは、ルーポトが健啖であったことだ。アールス自身もよく考えると、何に驚いたのかよくわからないが、なんとなく人間と同じように食べ、飲む魔王は想像になかったため、奇異に感じたのだろう。

「私が戦っている最中、お主らにも攻撃が飛んでくる可能性がある。できるだけ姿勢を低くし、防御結界は厚く、そしてほぼ水平に張るようにしろ。そうして飛んできた火球などは滑らせるように弾け。パルグアンの攻撃は強い。正面から防御すれば撃ち抜かれる」

 まあ一番いいのは避けることだ。と幾分真面目な顔でルーポトは言った。

「船が水を切るような感じか」

 ワトビアが手のひらを合わせ前に突き出してみせた。

「まあそんなところだ。事前に試してみるか」


 ルーポトは、ワトビアに防御結界を張るように言った。一つは地面に垂直に立てた結界。もう一つはその横に地面に対しわずかに仰角のついた結界である。

「まずはこちらから」

 言うが早いか、ルーポトは右手から瞬時に火球を出現させ、垂直に立てた防御結界に凄まじい速度で放った。直後に背後の崖に着弾し爆発を起こした。

「…」

 ワトビアとアールスは息を呑んだ。防御結界は立ったままだったが、その中央には火球の大きさそのままの丸い穴が空いていた。

「…驚いたな」

 ワトビアがほうっと息を吐いた。

「そう言えばあんたの魔道の攻撃は初めてみたな。予備動作もなしにあんな威力が出るのか…」

 驚きと悔しさの入り混じる声でアールスは言った。

「一応魔王だからな」

 魔王らしくニヤリと笑い、再び早業でもう一つの結界に火球を放った。火球はほぼ水平の結界に触れ、わずかに角度を変えて跳ねた。そして背後の崖に当たり、爆発した。

「おお」

 結界は黒い煤が付着しているものの傷はないようである。

 ルーポトが結果を見て満足そうに頷いた。

「まあパルグアンの攻撃はこれほど生易しいものではないが、あとはなんとかしてくれ」

「なんか勉強になっちまったな。忌々しいぜ」

 ワトビアが苦笑する。

「今のでパルグアンが気付いたりしないのか」

 アールスが思わず空を見上げた。相変わらず灰色の雲が低く空を覆っている。

「この程度では気付かんだろう。私はどちらでも構わんが」

 ルーポトは余裕の表情で言った。

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