32.ナティア辺境領
ナティアの城塞が街を見下ろすように丘の上に聳えている。
シュマルハウト王国の北端、未統治地帯と接する為、強固な壁が築かれており、今まで通過して来た街ののどかな雰囲気とは違い、街を行き交う兵士も多く緊張感が漂う。
そしてこの街まで来たことで、ワトビアとアールスはパルグアンの放つ魔素をより一層強く感じていた。これでもまだパルグアンは遠くにいるとルーポトは言う。
ナティアにつく2日前。途中の街でルーポト一行はタミルと落ち合った。
「辺境伯は目を輝かせていたぞ」
街の素朴な飯屋で席につくなり、タミルは呆れたように言った。ルーポトの正体。もう一人のアンティノキアが近づいていることをカール5世の指示通り包み隠さず話したところ、目を見開いて驚き、驚喜したという。
「久しぶりに会ったが、相変わらずの戦闘狂だ。魔獣狩りのマンフレートは健在だ」
未統治地帯はどの国の支配下にもない地帯である。ある意味真の自由の地とも言える。未開拓の森や荒地、跋扈する野生動物や魔獣。モグリの魔道士や盗賊・山賊といった無法者。全てが自由を謳歌する。生きるも死ぬも、殺すも殺されるも自由の地だ。各国の文明・開発が進み、国土も徐々に広がるため、未統治地帯は年を追うごとに狭くなり、遠い未来には消滅すると言われているが、まだこの大陸には未統治地帯の方広く、新しい国が生まれる余地さえある。
マンフレートは国境整備も兼ねて、頻繁に未統治地帯に向かい、魔獣を狩り、時には山賊の討伐も行う。もっともナティアから北へ伸びる街道は今の所行き着く先がノマダスの方角しかなく、人の行き来はほぼ無い。したがって山賊・盗賊といった類の者はほとんどいないのだが。
「是非かの魔王とお会いしたいと言っていた」
短い打ち合わせもそこそこに、タミルは自ら馬を駆り中央へと戻っていった。
「お待ちしておりました。ご案内いたします」
ワトビアが門番の兵士に来訪を告げると、きびきびとした動作で一行を中へと案内してくれた。門番は見上げるばかりの巨躯で、顔や腕にいくつもの傷跡がある。
「すげえな、獣退治の傷なのか?」
ワトビアが無遠慮に傷を見回す。
「ええ、この辺りのやつは獰猛で苦労しております」
恐ろしい見た目だが穏やかに話す男は腕の大きな傷跡を撫でた。その表情は傷を負った不覚と誇らしさが混じったような複雑なものだった。
「俺たちは名誉ある宮廷魔道士などと言っちゃいるが訓練ばかりで、実戦経験が少ないからな。こっちに派遣してやらせてみてえな」
アールスをチラリと見ながらニヤリと笑う。
城内に入った時から剣戟の音が響いていた。
城砦の庭は我々がよく知る城のように、豪奢な手入れのなされた花や木が溢れると言ったものではなく、野放図にされており、そこかしこで兵士が剣を奮いあったり、体を鍛えているのが見える。いずれの男達も頑健で大柄な体をしており、戦場が身近にある場所であることを思わせる。
実際問題として宮廷魔道士団の実戦経験の少なさというのは課題の一つだ。シュマルハウト王国は現在、前例の無い繁栄と平和を享受しており、当然中央ほどその恩恵は大きい。平和に越したことはなく大変結構なことではあるが、時に命をかける必要がある兵士や魔道士団にとってはいくら厳しい鍛錬や実践を模した訓練を潜り抜けたとて、やはり訓練に過ぎないという負い目があった。
こんなところに派遣が実現したら、結局王宮の警備の負担は変わらなくなるだろうが、とアールスは思ったが、実戦経験に勝るものはないだろうとは思う。
(あのとき…)
アールスはルーポトと初めて対峙した時のことを思い浮かべた。重要書物庫で人の姿を認めたにも関わらず、驚愕のあまり思考が停止した。ルーポトがこちらをゆっくりと向き「ほう」と声を上げるまで、体一つ動かさなかったのだ。訓練なら姿を見た瞬間に拘束・攻撃するか少しでも有利な位置に移動を開始していたはずだ。
あまつさえ会話まで行っている。そんなものは拘束した後でいい。いや、口を開く必要もなかった。圧倒的な実力差があり、それは不可能だったのだが、本来はそのように動くべきだった。
(なんて甘っちょろい)
ルーポトに悪意があれば、あっさりと命を落としていたはずだ。この出来事はアールスの中で大きな恥として刻まれていた。
「そうだな」
そう呟いたアールスにワトビアはおっ?と目を丸くした。
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