31.出張
「どういうことだよ!」
優雅に揺れる馬車の中でワトビアに怒声を挙げたのはアールスであった。同乗しているルーポトは穏やかな顔で窓から景色を眺めている。
4人での会議の3日後のことだった。仕事から戻ったアールスをワトビアが呼び止め、明日早朝から出張、長くかかる、用意しておけ、訳は移動の馬車で、と大雑把に告げられた。翌朝空が白み始めた頃、出立場所に来た時にはすでにワトビアがおり、馬車に放り込まれた。その後ルーポトが悠然とやって来、馬車に乗り込んだのでアールスは呆気に取られた。
「一体どこに何しに行くんだ」
「まあ聞けよ」
声を上げるアールスの肩を強く叩き、ワトビアは話し始めた。
「私は未統治地帯でパルグアンに会うつもりでいる」
「そなたが?」
カール5世がルーポトを見た。
「もとよりそのつもりだ。私は和平のためにここに来ている。こちらの問題でシュマルハウト王国を戦場にするのはさすがに心苦しい。それに、奴の狙いは私だ。未統治地帯なら、心置きなく戦える」
「そこで王の座をかけて戦うというのか?」
「ああ」
「もし…あなたが負けたらどうなるのですか?」
タミルが遠慮がちに口を開いた。ルーポトが気を悪くしようが、これは聞いておかなければならない。
「おそらく奴は一度ノマダスに戻り、即位の宣言を行うだろう。そして奴の指揮のもと、再び人間との戦争が始まる」
ルーポトは憤ることもなく淡々と告げた。執務室を重い空気が垂れ込めた。
「…」
カール5世は腕を組み、背もたれに体を預け、大きく息をついた。
「情けないことだが、そなたに期待するしかないようだな。…タミル」
「はっ」
「クロム峡谷の調査団を念の為撤退させろ。そしてナティアには直接お主が向かいマンフレートに事情を告げよ。極秘のためお主が不在の間は不例とでも言っておく、至急準備を整えよ」
「承知いたしました」
「ルーポト。そなたはいつ出立する」
「それについてだが、誰か証人として同行して貰おう。未統治地帯でパルグアンと密談し何か企んでいると勘繰られても困る」
ルーポトが笑みを浮かべて言った。
「ならばぜひ私にご命令ください」
ワトビアがカール5世に跪いた。
「いや、陛下には滅茶苦茶頼み込んだぜ。タミル殿は難しい顔をしていたがな、宰相と魔道士長が国を開けるなんざよくねえだろうってな。でもよ」
ワトビアが暑苦しいほどにアールスに顔を近づけた。
「魔道士の端くれとしてこれを見逃すわけにはいかねえだろ。魔王と魔将軍の対決だぜ」
ワトビアは鼻息荒く捲し立てた。
「それで俺も付き添いに選ばれたってわけか」
「まあそうだ。お前なら自分の身は自分で守れるし、ルーポトとも面識があるからな」
宮廷魔道士の勤務もましになったし何とかなるだろ、とワトビアはカラカラと笑いながら言った。
魔道士として、この戦いに興味があるという気持ちは大いにわかる。アンティノキア同士、しかも魔王と魔将軍の対決である。一体どれほどの戦闘となるのか、そして過去の英雄達がどれほど強かったのかという参考にもなる。見たくないと言ったら嘘になる。
「パルグアンを相手にしている最中はそちらに気を回すつもりはないので、自分達で何とかしてくれ」
戦いに赴くとは思えない穏やかな口調でルーポトは窓に目をやりながら言った。
宰相タミルは先日の会談の翌日に急いで用意を整え、数名の護衛の騎士と共にナティアに向かって出発している。先触れとしてマンフレート辺境伯に事態を告げ、急ぎ引き返す。途中の街で、ルーポト一行と合流しマンフレートとの会談の結果を打ち合わせ、そのまま中央へ戻るという強行軍である。
「その後我々はナティアに向かいマンフレート殿とお会いする予定だ」
10日ほどかかるだろう、とワトビアは今後の予定と共に話した。中央から遠く離れたナティアの地だ。馬車で行くならどう急いでもその程度はかかるだろう。
「そんなに悠長にしてていいのか。俺たちなら早駆けすればもっと早くつけるぞ。パルグアンって奴が来ちまわないのか?」
アールスが心配げに尋ねる。術を駆使し本気で向かえば2〜3日で着く行程だ。魔将軍ともなればすぐにでもこの国に現れてもおかしくはない…のではないか。
「心配ない。パルグアンは兵を束ねる地位にある武人。無闇に攻撃はしてこない。私が王であるうちは」
ルーポトがこちらを見た。
「やるとしたらあんたを倒した後ってことか」
「私は王となった時、向こうから攻撃してこない限り他国の者は殺すなと全国民に布告した。私が王であるうちはパルグアンが突然王都ファルスに現れたとしても何もしないはずだ。私を倒しノマダスに戻り、アンティノキアの民の前でノマダスの王を宣言し、新しい王として人間に宣戦布告するだろう。奴は誇り高い者だ。その順序を破りはしない」
自分を倒そうとしているパルグアンをある意味では信じているかのような発言であった。
「しかし意見の違うあんたを殺そうとしている」
「それはアンティノキアとしては正式なものだ。地位が欲しければ正式に宣言し、勝てば地位を得る。奴は何も間違ったことはしていない」
「…」
魔道士となる前は粗暴な少年として街を駆け回っていたアールスにとって、その考え方は意外に腑に落ちるものであった。しかしそれは盗賊などの暴力を生業とする組織の考え方であって、それで国王が変わり得ると言うの豪快すぎやしないかと言う思いは否めなかった。
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