30.未統治地帯
本日予定されていたカール5世の公務や謁見はアールスの話を聞いたワトビアの報告により、即刻延期・取りやめとなった。至急宰相タミルも呼ばれ、王の執務室に来たときには、すでにルーポトもおり、すぐに会議が始まった。
「一人のアンティノキアがこちらに向かっているとか。どういうことが聞かせてもらおう」
カール5世がまず口を開いた。
「私を探しに来ているようだ」
ルーポトはカール5世の鋭い視線を柔らかく受け止める。
「アンティノキアがこちらに…?」
タミルが驚いて反問する。
「こいつが言うにはまだ未統治地帯の外らしいが、それならそれでヤバすぎる。俺は1週間前から魔力の気配を感じていたんだからな」
ワトビアが呆れたような声で言った。いくら何でも規格外すぎる。
「…アンティノキアは一人一人がそれほどの魔力を?」
恐る恐るタミルが尋ねた。
「いや。これほどの魔力を持つものは、さすがに少ない」
ルーポトの答えにタミルは少しだけ胸を撫で下ろした。まあ、アンティノキアの魔力の平均値がこれほどだとすれば、人間の世界はすでにないだろう。
「ならばそれはノマダスにおいて、かなり地位の高いものと考えてもよろしいか?」
「そうだな。王から聞いていると思うが、ノマダスにおいては強いものが地位を得る」
タミルは頷いた。この間のルーポトとレイムルの話はカール5世から詳しく聞いていた。
「では心当たりがあるのですね」
「ああ、この感じはパルグアンだ。ノマダスでは兵を束ねている。こちらで言うと将軍の地位にある者だ」
ルーポトの答えに執務室の空気が張り詰めた。将軍の地位につく者がシュマルハウトに意識を向けている。これはもはや非常事態と言ってもいいだろう。もっとも執務室に魔王がいるのだが。
「改めて聞きたいが、あなたの和平を求めるというのは信じても良いのか?」
努めて冷静な声でタミルは聞いた。
「そこは信じてもらうしかないのではないか。私がこの国を滅ぼそうとするなら、パルグアンを呼ぶまでもなく10年前に終わっている」
「そいつの言うことは事実だ。悔しいがそれだけの力がある。俺じゃとてもじゃないが止められん」
ワトビアが憮然として言った。タミルが奥歯をギリっと噛み締めた。いつでも王の前にさえ現れることのできる魔王。理不尽なほどの戦力を個人が持てば、国をも脅かすことができる。この国の帰趨がルーポト個人の思惑でどうとでもなると言う事実に悔しさと無力感が禁じ得なかった。
「…パルグアンとやらが誤解をしていると言う可能性は?あなたは10年近くこの国にいる。あなたがこの国に囚われていると考えているかも」
あるいはそのような口実を作り上げ、戦端を開こうとしている。そんな可能性をタミルは考えた。
「それはあるまい。私の動向は右腕となるものが知っている」
「ならばその者の目的な何なのだ?」
カール5世が落ち着いた様子で尋ねた。声を荒げるでもなく静かな口調であったが、タミルは思わず王の方を振り返った。
一方のルーポトは苦笑し、ゆっくりとカール5世の方を見た。
「きっと私からルーポトの名を奪おうとしているのだろう」
座が静まり返る。
しばらく皆が考え込み、その意味のもたらすものを考えていたが、その沈黙を破ったのはカール5世であった。
「そなたを魔王の座から蹴落とそうと言うことか」
「そうだ。身内の恥を晒すが、ノマダスも一枚岩ではない」
ルーポトの答えに皆がざわりとする。カール5世が間を置いてたずねた。
「そなたのやり方に異を唱えるものがいるのか」
「私は和平を求めるが、主戦派も少なくはない」
ルーポトは苦笑を濃くした。
「パルグアンという者は主戦派と言うわけか」
「ああ、中でも強硬派だな。かつての戦で奴の元に滅びた国もある」
ルーポトがアンティノキアの王となり、その後大陸の国々を逍遥したが、過去にパルグアンが攻め込んだ地域では、実際の魔王ではなくパルグアンを魔王として語り継いでいる国もあったという。
「そのような者をこの国に入れるわけにはいかん」
タミルは慄然として身を震わせた。
「一刻も早く、ナティア辺境領に使いを出し、防衛線を張る必要があります。中央からも兵を出すべきでしょう。マンフレート殿にどう伝えるかが問題ですが」
マンフレートはナティア辺境領を統治する辺境伯である。辺境伯というと首都から遥か遠い領土を治める田舎貴族と嘲る向きもあるが、実際は能力の高いものが選ばれる。他国から攻め込まれた際に真っ先に影響を受ける国境を守るとともに、領土を広げるため街道を整備する。さらには中央から離れた領地を統治する手腕が必要なため、半ば自治権を与えられる非常に高い地位である。
「この際だ。包み隠さず話せばよい。マンフレートなら問題ない」
カール5世は力強く言った。このような時王の決断はいつでも早い。
「待て。それには及ばん」
ルーポトが口を挟んだ。
「私は未統治地帯でパルグアンに会うつもりでいる」
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