29.北
「何をしている」
アールスは物見の塔内の階段を駆け上がり、軽く息をつきながら詰問した。ルーポトは変わらぬ姿勢で景色を眺めていた。
「アールス」
ルーポトはゆっくりと振り返り微笑んだ。
「外から丸見えだったが、大丈夫なんだろうな」
「心配ない。私が自分の意思で会ったものだけが見えるようになる。唯一お主は想定外だったが」
ルーポトはそう言いふふと笑った。
「あれは実際驚いた。お主はなかなか素質があるのかもしれんな」
「よくいうぜ」
暖かな陽光のもと柔らかな風に吹かれ、髪をサラサラと靡かせる魔王はアールスには何とも言い難いものがあった。しかし知らぬものから見れば、艶やかな高位の貴族に見えそうだ。
丁度いい。違和感について聞いてみようか、とアールスは考えた。聞くのは少し癪ではあるが実力については申し分ない。
「…聞きたいんだが、2〜3日前から違和感がある。何かはわからんが違和感としかいえない」
ルーポトがチラリとアールスを見た。その目に若干興味が浮かんでいるように見える。
「ワトビアのおっさんもだ。1週間ほど前かららしい。あんたと同じ方角が気になるようだ、しかし他の同僚は何も感じていない、何かわからないか。それとも俺たちの思い過ごしか?」
ルーポトはしばらくアールスを見ていたが、視線を再び北に向け不意にいった。
「あの山々を越えて遥か向こうにノマダスがある」
「…」
ノマダス。
改めてアールスは北の山々を見た。あの向こうにあるのか…。知識としては北にあるということは知っていたが、ルーポトに言われようやく実感がともなってきたような気がした。
遥か北へ向かうとアンティノキアの民が住まう国がある。一体どんな国なのだろうか。長い寿命、強大な魔力を持ち、かつて人々を絶望に落とした化物が蠢く悪魔の国_。
そんな残虐な民が暮らす国の王と名乗る男とこうして景色を眺めている。やはり非現実的すぎる。考えているうちにアールスの実感は薄れてきた。
「それで?里心がついて帰りたくなって来たのか」
「ふむ」
アールスの皮肉めいた言葉に、ルーポトは腕を組みしばらく無言だったがやがて呟いた。
「そうなるかも知れんな」
「!?…どういうことだ」
アールスは驚いてルーポトを見た。
「さすが魔道士長だな、伊達ではない。そしてお主もやはり魔素を察知する素質があるようだ。思い過ごしではない」
「これが魔素!?」
しかしアールスは簡単に首肯することができなかった。魔道士として魔素は極めて身近なものだ。魔石や魔道具には多くの魔素が込められており、魔力の媒介となる。一般的に魔道士は体内の魔素が多く、その体質ゆえ魔道士となるものが多いのだ。その慣れ親しんだ魔素と比べると、異質であった。不快というものではないが、何というか…やはり違和感としか言いようがないものだ。
「アンティノキアが一人、こちらに近づいている」
「何だと!」
アールスの背筋が泡立った。これがアンティノキアの放つ魔素なのか!わずかな違和感とは言え、ワトビアが1週間も前から感じていた。それはその存在を感じ取れるほどの近さに来ているということを意味する。
「どこにいる!まさか王都の近くまで来ているのか」
報告を急がねばならない。そう判断し物見の塔を去ろうと振り返ったアールスを、ルーポトが落ち着いた声で呼び止めた。
「案ずるな、まだ未統治地帯にも達していない」
「は?」
未統治地帯。
どの国の首都からも距離が遠く、政治的・軍事的にも影響力が及ぼしづらいため、どこの国にも属さない国境の外にある地帯であり、国家間の国境紛争を和らげるために機能している側面がある。しかし土地がいらない国など存在するはずがなく、影響力を拡大できるよう各国は競って街道を整備し、街を開き、国境を押し広げようと努力している。
見方を変えれば無法地帯とも言え、山賊や盗賊の巣窟にもなっている。野生動物や魔獣も跋扈しており、各国を行き来する商人などは傭兵を雇い入れ、危険な旅を行なっているのだ。
そのような遥か遠方から違和感を感じるならば、先ほどの判断は大間違いで、途方もなく巨大な魔力を有する存在がいるということになる。
「未統治地帯の外からここまで届く魔力など…信じられん。一人のアンティノキアがそこまでの力を持っているのか」
「ここまでの力を持つものはさすがに数えるほどだが…、こちらに意識を向けているようだな。私を探しているのだろう」
ルーポトが冷静に答える。
「あんたを!?何のためだ」
あまりに不在の王を探しに来たのか。それとも和平など嘘でこの国に攻め込むためルーポトが呼んだのか。不安な想像が錯綜し考えがまとまらない。そんな様子のアールスをニヤリと笑いルーポトは言った。
「ルーポトになるため」
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