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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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26.魔界の大門

「ま…まさか、そんな…まさか」


 イプロスは唖然として『魔界の大門』と呼ばれる山腹に穿たれた門を見上げた。扉の頂上は霧に隠れて見えず、我が目を疑うほど巨大な門である。人々の住まう国とノマダスを強固に隔てており、この門の向こうには、山をくり抜かれた空間が伸び、ノマダスに通じていると言われている。

 魔王・アンティノキアの軍を倒すためにはなんとしても開かねばならない戦いの要となる場所であった。


 イプロスは赤毛で野生味のある風貌をした青年である。騎士団に入り比類ない剣技の才能を見せ、しかも魔道の素養も見せた。その為徹底的に鍛え上げられ、勇者として魔王討伐の任に加えられた。シュマルハウト王から下賜された魔力を持つ剣・鮮やかな青い鎧は今では傷だらけとなり激闘の旅を雄弁に語っている。いつも陽気な性で過酷な旅を引っ張っていた彼だが、麻痺したように立ち尽くしていた。


「開いてるわね」

 グリエラが切長の目を青く光らせ、淡々と事実を告げた。

 魔界の大門が開いている。有り得べからざる事だ。人が知る限り開かれたことがなく、こちらからどのような物理的攻撃、もしくは魔道を用いても微動だにせず、ノマダスに通じると言う伝承だけが残る門なのだ。その門扉は今や大きく開かれており、奥には伝承の通り山の下を進む巨大な空間が続いており、暗い闇に溶け込んでいる。

「なんで開いてるんだよ!」

 先ほどまで唖然としていたイプロスは今度は開いた門を指差し忿懣やるかたない表情でグリエラに向かって地団駄を踏んだ。

「知らないわよ」

 グリエラが面倒くさそうに答えた。金色の髪を弄りそっぽを向く。本当に面倒くさそうである。

 グリエラは貴族の娘として生まれ、幼少の頃から魔道の異常な才を見せた。それは魔道学校、その後の魔道士の塔においても他の追随を許さず、若くして大魔道士と呼ばれ、当然のように魔王討伐に加わる事となった。赤い魔石をはめ込んだ長い杖を持ち、純白のローブを纏っている。

「どうなってんだよ!どれだけ苦労したと思ってんだ!」

 イプロスの怒りは収まらない。


 長い戦いの旅の末、ようやく人界とノマダスを隔てる山岳地帯まで到達し、大門を開くために情報を集めた一行は、大門の南にある地下迷宮にその手がかりがあることを突き止めた。魔物の蠢く地下に入り、光の刺さぬ暗闇の中で魔道の明かりを頼りに戦闘を絶え間なく繰り返し、ようやく門番を司る魔物を倒した。そこにあった魔道具と魔物自身に施された紋様から賢者パルが門を開く方法を導き出したときには、時間の間隔も全くわからなくなっていた。その後心身ともに疲弊し切った一行がふらふらになりながら外に出、日を浴びることができたときには迷宮に入ってから100日以上が経過していた。

 現在では「迷宮の死闘」と呼ばれ、イプロス達英雄一行のサーガを彩る、魔王に対し敢然と反撃の狼煙をあげた勲として語り継がれている。


 それだけの死闘を潜り抜け、ようやく開こうとした扉が来てみれば全開で開いていたのだ。イプロスが怒るのもさもありなんであった。


 地下迷宮から出た後、数日休養をとり、今日充分に英気を取り戻した一行は大門をに向かい朝から出発した。曇天模様で霧が霞む天候であったが、イプロス一行の気分は高揚していた。ようやく門を開けるという期待に足取りも大きくなっていた。進んでいくうちに巨大な大門は、霧に覆われてはいるが朧げながらその姿が浮かび始める。

「ん?」

 訝しげな声を上げたのはイプロスであった。歩く速度がわずかながら遅くなった。

「あれ?」

 前進するごとにイプロスの眉間の皺が深くなっていく。

「嘘だろ?」

 悲しげな顔で、イプロスは仲間を見た。完全に信頼できる、共に戦ったかけがえのない友人達だ。彼らの表情も若干強張っていた。すでに歩みは蟻のように遅い。時間をかけ恐る恐る大門の麓まで歩を進め、門の状態が完全に分かったときイプロスは「まさか」の声を上げたのであった。


「一応様子を見た方がいいでしょう。罠にしてはあからさますぎる気がしますが…気になることもあります。」

 パルが硬い表情で言った。知的に光る黒い目を瞬かせる。

「気になること?」

 そばで様子を探っていたナイルズが問いただした。

「あの恐ろしい迷宮で門番を倒した後、我々は魔物達の攻撃に一切あうこともなくあそこを出ることができました。行きはあれだけの攻撃にあったにもかかわらずです」

 迷宮での戦いの後、地上に出るまで体感ではあるが2日程度しかかからなかった。往路では戦い、探索しながらではあったが実に90日以上を費やしたのだ。暗闇の中でまさしく精神を削るような経験だった。しかし復路では全く魔物を見ることがなく、外に出てから今日までその状態が続いている。それまでは毎日のように魔物と戦ってきたのだ。

「確かに…。今は嘘みたいに平和な雰囲気だな。魔素の気配もない」

「罠なのか、それとも魔王軍に何かあったのか…。とにかくまず周辺を探りましょう」

 パルが注意深く歩き出した。ナイルズも後に続く。

「イプロス、行くわよ」

 消沈して座り込んでいるイプロスを杖でつつき、グリエラが促した。イプロスはフラフラと立ち上がった。

「こんな仕打ちがあるか、なんてえげつない…必死に勉強したのに『今年から試験なしにこの学校に入れますが』みたいな、意中の女性の好みを人伝に聞いて必死で体を鍛え抜いたのに『え?何それ。私線の細い男の人が好きなんだけど』みたいな…。心が折れそうだ、いや折れた…」

「鬱陶しいわね」

 グリエラが冷たく言った。

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