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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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23.王の視察

 新しい結界の着工から10日後、午後になってカール5世が視察に訪れた。結界は4分の3以上を張り終え、作業は順調に進んでいる。

 王宮の中とはいえ王が一人で来るわけはなく、随行する文官、近衛兵達と共に十数人がぞろぞろと現場に現れた。王が来るということでワトビアもそばに控えている。アールスが驚いたことに王の背後に宰相タミルの顔も見えた。作業中の宮廷魔道士達が直立不動で出迎える。その場の空気が一瞬にして張り詰めた。その王の列の前にアンナが滑らかに近づいた。

 アンナは結界の着工から3日間は現場へ来ており、それから今日まで他の公務に忙殺され、来てはいなかったが、今日は王の視察があると言うことで朝から現場に詰めており、視察を待ち構えていたのだ。

「本日はようこそおいでいただきました。ありがとうございます」

 優雅な仕草でカーテシー(淑女の礼)を行う。王の目が一瞬和らいだように見えた。そして作業場をぐるりと見渡し、重厚ながらよく通る声で言った。

「うむ、皆ご苦労である。私がきたところでさぞ迷惑だろうが、少し我慢せい。では気にせず作業を続けてくれ」

 周りから軽い笑い声がもれ、多少ながらも緊張が和らいだ。

 作業が再開された。


 アールスはそれから殊更意識しないように平常心に努めて作業を続けた。どのみちやる作業はいつもと変わらない。いつも通り慎重に行えば良いのだ。王への案内や説明はアンナとワトビアが勤めていた。時折王や宰相が質問をしアンナとワトビアが丁寧に答えていた。心なしかアンナの声が言葉使いこそ丁寧だが、弾んで誇らしげに響いているように思える。カール5世もあまり見たことがないような柔和な表情で、アンナの説明に耳を傾けている。

 

 カール5世がアンナを目に入れても痛くないと言うほど可愛がっていると言うのは王宮の誰もが、いや、市井の人々までが知るところだ。

 カール五世には王妃との間に四人の子がいる。

 第一王女エリシアは隣国の王子に嫁ぎ、男子をもうけ、その地歩を固めつつある。

 第一王子アドレーと第二王子ルーファスは現在、王宮で帝王学を学びつつ、王立学校に通っている。

 二人とも優秀な成績を修めており、アールスも式典警備の折にその姿を見たことがあった。 


 アドレーはカール五世に似た偉丈夫で、剣術にも秀で、分け隔てのない豪放な性格で知られている。

 一方、ルーファスは王妃譲りの美貌と細身の体躯を持ち、物語に登場する美しき王子そのものと称えられる。

 生徒会に所属し、文才を発揮しているという。

 武をアドレー、文をルーファス。二人は互いに尊敬し合い、理想的な兄弟関係を築いていた。 

 順当にいけばアドレーが次期シュマルハウト王となり、ルーファスが強力な補佐を務めると期待されている。しかしカール5世の今なお旺盛な活動と威風を見れば、そうなるのは相当先のことであると思われた。

 そして末娘のアンナは生まれた時から少し歳の離れた姉や両兄弟からとても可愛がられ、両親からの愛も受け、健やかに育った少女である。

 現在のシュマルハウト王国は壮健な王、優秀で仲の良い子供達が王家として君臨しており、当面は安泰であろうと市民達は例外はあるにせよその平和を謳歌していた。


 作業に集中しているうちに、アールスは王や宰相の存在を意識することは無くなっていた。複写したアンナの図面を手に、一つずつ指示を出し、工程を進めている。幸い着工からこの10日間、曇り空に覆われることはあれど、雨に遭うことはなかった。少しでも早く結界を張り終え、調整に時間をかけたいとアールスは考えていた。

「そなたがアールスか?」

 作業の確認のため、図面を再度入念に眺めていた後ろから、不意に声をかけられた。


「!」

 この声は—。

 アールスは図面を取り落とすのも構わず、全速力で振り返り跪いた。フードが翻り軽く風が起きるほどであった。

「…よい、アールス。顔を上げよ」

 頭上から声が降ってきた。アールスは「はっ」と返事をしゆっくり顔を上げる。

 カール5世がアールスを見下ろしていた。うっすら笑みを湛えた表情をしている。実際のところアールスがあまりの速さで跪いたことに笑いを噛み殺していたのだ。

「思っていたより若いな。幾つになる」

「24歳と相成ります」

「へーそうなんだ」と後ろで控えていたアンナが呑気につぶやいた。

「アンナが世話になったようだな。礼を言う」

「も…もったいないお言葉、身に余る光栄に存じます」

 なんとか返事をすることができた。アールスの背中に汗がじっとりと滲む。迂闊なことに王から声をかけられるとは一切思っていなかった。アンナと仕事をし宮廷に勤めているとはいえ、一介の魔道士である自分の名前が王にまで届いているのは想定外であった。

「して、アンナは役に立ったか?」

 カール5世が顎髭に手をやりつつ聞いた。

 『役に立ちました』と即答しそうになり、寸前で言葉を飲み込んだことで頭の中が真っ白になった。

「はっ、それはもう…大変なお力をいただき…」

 言葉を選びすぎしどろもどろになってしまう。

「もうっ父上。いきなり声をかけるからびっくりしてるじゃないの」

 アンナが助け舟を出してくれ、アールスは心の中でホッと息をついた。

「ハハハ、そうか。それはすまなかったな」

 カール5世は怒られて嬉しそうに笑った。

「実際よく勤めております。この仕事も数の塔、宮廷建築士と連携しここまで漕ぎ着けてくれました」

 驚いたことにワトビアが王に言った。そのように評価していたとは意外なことであった。

「そうか。また何かあればよろしく頼む」

「はっ!ありがとうございます」

 アールスが再び頭を下げ、カール5世は歩み去った。ゆっくりと顔を上げると、王に付き従うワトビアがこちらを向いており『まあ悪くなかったんじゃねえか』と言わんばかりにニヤリと笑いかけた。

「あの野郎…」

 アールスのつぶやきは誰にも聞こえなかった。

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