21.着工
「じゃあ次はここと向こうの角、左の塔を結ぶように張ってちょうだい」
アンナが図面を見ながら指示を出す。
実証実験の許可が出て1週間後。準備を整え実際に結界を張る作業が開始された。アンナはその日朝早くから現場に現れ、意気揚々と陣頭指揮を取っている。警備と並行して新しい結界を張ることが必要なので、作業は慎重に進められている。現状の結界に重なるように新しい結界が張られ、隙間や綻びがない事を確認できたら、現状の結界を外し、新しい結界のみで警備の確認をする。そのような工程を数十の区画に分け、一つずつおこなっているのだ。全ての工程を終えるには計画書によれば3週間ほどを要する。
先ほど一つ目の区画の結界を張り終え、一息ついたところであった。アンナが図面に一つ目の印をつけ息をつく。
「私にも結界が見えればいいのにな。それならもっと詳しく指示が出せるのだけど」
「今のところ問題ありません」
アールスが答えた。一つ目の区画はすでに古い結界は外され、新しい結界のみが張られているが、問題なく働いている。アールスの目からは王宮を囲む半球状の結界の一部が、新しく張られた幾何学状の結界に滑らかに接続している様子が見えている。
「私にも見えるようにできる術とかはないの?」
図面ではなく自ら仕事の成果を見たいとアンナは望んでいた。しかし魔力を持たない彼女には無理な事であった。
「そう。残念ね」
アールスの説明にアンナは少し肩を落とした。しかしすぐ気を取り直し、図面に目を落としている。
「今日は後3区画仕上げる予定ね」
「はい」
計画では2週間ほどで大まかな結界を張り終え、残る一週間は細部の調整や現場合わせに充てる予定である。
「じゃあ引き続き頑張りましょう」
張り切った声で言ったアンナは不意にお腹を押さえ真剣な目つきで視線を落とした。
「いかがなさいました!?」
アールスは慌てて走り寄った。
「聞こえた?」
アンナがさらに強い目つきでアールスを睨んだ。
「いえ…一体何が」
「ならいいの。そろそろ昼食にしましょう」
幾分きつい口調でアンナが言った。
「あれから何度か会ったわ。ルーポト」
「え!」
昼食はバスケットに入ったサンドイッチなどの軽食が、アンナから作業を行う魔道士団の全てに振る舞われた。「おつかれさま、どうぞ」とアンナ手ずからバスケットを受け取り、宮廷魔道士団の士気はいやが上にも上がっている。同僚たちと食べ終え、人心地ついたあたりで、アールスはアンナの侍女に声をかけられた。バルコニーに簡易に建てられた天幕に向かう。
天幕に入るとアンナはサンドイッチを頬張りながら、熱心にも図面を眺めていたが、侍女が頭を下げ天幕を出るなり得意げに笑って言ったのであった。
「父上にもちゃんと報告しているからご承知のことよ。苦笑しておられたけど。『良い機会だから色々話を聞いてみろ、他国の王と話せる機会はそうないからな』とおっしゃられていたわ」
魔王が王宮を自由に行き来しているのを良い機会としか言えないのが皮肉なものである。しかし警戒してもどうしようもないのが実際のとこではあるが。
「どのように接触されたのですか、無礼なことはありませんでしたか?」
「無礼も何も呼んだら来てくれたわ。初めて会った時にすぐに父上に文句を言いに行ったの。『10年も前からこんなすごいことが起こっていたなんて』って。無論本気で言ったわけじゃないわよ。私みたいな小娘にそんなこと言うわけないだろうってのはわかるから。そうしたら『呼んだら来るかもしれんぞ』っていうから、時間が空いた時呼んでみたの」
それはアールスが模型を相手に結界を張ったり、報告書に悪戦苦闘している間に、数の塔で起こった出来事であったという。
「ノマダスがどんなところだとか、アンティノキアの人達ってどんな感じなのかとか、本当に王様ならこんなところにずっと居て大丈夫なのかとか、色々聞いたわ。私、国から出たことないでしょ。だからすごく楽しかったわ」
「確かに自分の国はどうしているのでしょう?」
その点はアールスも気になる点であった。
「右腕に任せているって言っていたわ。アンティノキアはそんなに人口が多くないから大丈夫なんだって」
割と重要な情報をサラリと聞き出している。彼女の分け隔てない性格の賜物であろうか。
アールスは感心しつつ、静かに頷いた。
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