20.魔王の提案
「提案?」
カール5世は意外そうに眉をあげ反問した。ワトビアとタミルも少し驚き身構える。
「アンナ姫とアールスが行っている、警備の効率化の件だ。これが上手くいけば、宮廷魔道士の一人か二人が他の仕事ができるだろう?」
ルーポトの質問にワトビアはピクリと肩を動かす。
「休ませるためだよ。仕事を増やすためじゃねえ」
これはワトビアの本心でもある。宮廷魔道士団は王宮を守ることから、完璧を期す必要があり、その重圧は大きい。精神的にも体力的にも厳しく現在も限界に近い勤務体制である。士気を保つためにも、休息は必要だと考えていた。
アンナとアールスがルーポトと会った件は既に報告を受けている。
「知っている。だが考えてほしいのだ」
「何をだ?」
カール5世が腕を組みルーポトを見た。
「ノマダスに使節を寄越さぬか?」
「ほう」
使節。カール5世の目がきらりと光る。彼としても考えたことは何度かあった。アンティノキアが平和を本当に望むなら願ってもないことでもある。10年前にルーポトが突如現れてから、確かにこちらに攻撃的な態度を取ることもなかったし、剣呑な空気を感じることもなかった。
「当然歓迎する。いきなり友好の使節とは言わん。まずはノマダスの様子を見に来るだけでよい」
「…」
前の魔王が討伐され200年。依然としてアンティノキアの恐怖は人々に伝えられているが、それでもそれは『歴史』となりつつある。人間の世界を見渡せば、その間にも興った国、滅んだ国もあるし、道徳・倫理なども絶えず変化しているそれだけの長い時間だ。しかしアンティノキアの住むノマダスはどうなのだろうか。千年、ややもすれば数千年の寿命を持つとされるアンティノキアにとっての200年は多少昔ではあろうが歴史と呼ぶには早すぎるのではないか。その間に人間を躊躇いもなく殺戮してきたアンティノキアが和平を望むと言うような、真逆とも言える政策転換・心変わりに至れるのか?と言うのはカール5世にとって大きな懸念であった。とはいえ…。
そこまで考えた時、再び扉が叩かれ、小姓が入ってきた。
「失礼致します。カパティア様から、よろしければ召し上がってくださいとのことでお持ちしました」
小姓は金属製の蓋、クローシュを被せた皿を盆に乗せて持ってきた。そして「こちらです」とクローシュを持ち上げた。
「ラプルではないか」
思わず口に出たらしいルーポトの声にカール5世たちの視線が彼に集中した。小姓は急にあらぬ方向を見た王と重臣たちに戸惑った。
「い…いかがなされましたか?」
「いや、気にせずともよい。これは水菓子か?」
皿には鮮やかな赤い果実が一つとその皮がきれいに剥かれ、切られたものが乗せられていた。
「さようでございます。なんでもノマダスの「ラプル」という果実とのことです。先日、ノマダスの監視砦から送られてきたとのことです」
小姓は恭しく盆を机に置くと下がっていった。
「そういえば、砦からの報告書にございました。砦の者が「バラドラ」なるアンティノキアから受け取ったと。これがそうか」
タミルがルーポトを見やりながら言った。
「バラドラか」
「知っているのか」
「ああ。見た目はお主らが想像するようなアンティノキアの姿だが、穏やかな男だ」
ルーポトは遠慮なくラプルの一欠片を手に取り齧った。
「うまい。ノマダスからの土産だ、試してみよ」
「きれいな赤だ。美しい果実だな」
ルーポトの勧めにカール5世はラプルを手に取り眺めた後、切られたものを一口で口に放り込んだ。
「ほう、甘い、酸味もあるな。何より食感が面白い。お主らも食べてみるがいい」
ワトビアとタミルもラプルを食べ感想を述べ合った。
「このような美しい果実ができるとはな。ノマダスは豊穣なところなのか?」
問うた途端、カール5世ははたと気づいた。ノマダスはどのような国なのか、政治体制は、文化は、アンティノキアの住民の暮らし・国民性は? ある程度のことはルーポトが王の前に現れる際に、雑談として聞いてはいた。しかし依然として今日に至るまで警戒すべき国、怪しい動きを監視、というあくまでも仮想敵という点からしか見ておらず、和平を結ぶという観点はなかったのだ。
「ここよりだいぶ北ゆえ冬は厳しい寒さとなるが、水と緑の豊富な美しい場所だ。我々にとっては暮らしやすい土地だ。」
ルーポトが答えた。
現在の段階では和平を考えられる状況ではない。ノマダスのことを何も知らないのだ。カール5世はラプルをもう一つ手に取った。
「ルーポト。ノマダスの事をもっと教えてくれ。使節については前向きに考えよう」
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