1.重要書物庫
約200年前。シュマルハウト王国出身の勇者イプロスが仲間とともに魔王を討伐し、「厄災の時代」に終止符を打った。以来、シュマルハウト王国は着実に国土を広げ、内陸から沿海州にまで広がる広大な版図を持つ大国へと成長した。
現在は英明の誉れ高い王、カール5世の治世のもと、長らく平和を保っており、周辺国とも表面的には良好な関係を築いている。
交易も栄え、歴史上最も隆盛を極めているといってもいいだろう。
王都ファルスは今や交通・文化・流行などの中心地であり、日々祭りのような賑わいを見せている。
カール5世自身、最も力を入れているのが「知識」の集約であり、その象徴が王宮広場を挟んで宮殿の向かい側にそびえる王立図書館である。
今もなお、世界中から巨大な建物に書物を取り込み続けており、その貪欲さは「文字さえ書かれていれば、子供の落書きも奪われる」と揶揄されるほどだ。
世界一の蔵書を誇る図書館は、一つの街と化している。何層にも分かれた内部には、宿泊施設や食堂、生活必需品の店も点在し、国内外から来た学者や学生に、研究に没頭できる場所を提供している。
『知識こそ国の礎』という理念のもと、図書館を庶民にも開放しているが、重要な科学書や魔道書と言った重要書物は厳重に管理され、特別な許可を得た者しか入れない。外国人の入室は原則として禁じられている。
特に最重要な書物は、図書館の最奥部にあると言われているが、様々な結界や空間操作が施されており、正確な場所を知る者は、王自身や魔道士長などのごく一部の人間に限られる。
今まで他国からの間諜の侵入を許したことは無く、首尾よく直前まで侵入したとしても、いつの間にか監獄の最下層へ放り出される。または空間の狭間に落ち込み、未だにこの世界ではない、どこかを彷徨っている者もいると、まことしやかに伝えられている。
上級魔道士アールスは魔道書の重要書物庫に向かっていた。先月出していた入室の申請がようやく下りたのだ。
彼は宮廷魔道士として王宮の警備を担当しており、仲間とともに王宮に何重もの結界を張り巡らせ、万が一が起こらぬよう日々備えている。
王宮の結界は、特異な難しさを孕んでいる。貴族、商人、他国の使節_多種多様な来訪者が日々訪れるため、この重要書物庫のように、許可した人物以外を問答無用で排除するというわけにはいかないのだ。
使節団の中には、間諜が紛れ込んでいるのは日常茶飯事であり、魔道士が正式に帯同している場合すらある。当然無闇に拒絶できない。そのようなことをすれば外交上の緊張を招きかねないため、警備は柔軟に対応せねばならない。部外者が重要な場所に近づいたときは、結界を操作し気を「そらす」あるいは「何かを見たように思わせる」などの心理誘導を行う。
相手が魔道士の場合は、結界の存在は一目瞭然だが、それは構わない。緊密で複雑、全く全貌が見えない結界を目の当たりにさせ、シュマルハウト王国の力を存分に感じてもらえば良いのだ。
このように硬軟織り交ぜた警備体制が、シュマルハウト王国の「開かれた王宮」の名を守っている。
アールスは重要書物庫に、警備の改善案を求めてやってきたのであった。難攻不落の警備を誇るシュマルハウト王国宮廷魔道士団だが、個人の能力に依存する所も大きく、魔道士たちの負担はかなりのものである。
結界の効率的な運用と魔道士の負担軽減は喫緊の課題であった。ここ数ヶ月、毎日の業務の傍ら、仲間の魔道士と協議・模擬訓練を繰り返し行い改善案を検討したが、なかなか目に見える程の効果が出ず、行き詰まりを見せていた。
「昔の技だろうとあなどらず先人の知恵を借りてみてはどうだ」
あるとき助言をくれたのは魔道士長であった。そしてアールスは藁をもつかむ思いで資料を作成し、書物庫の入室を申請したのだった。
「上級魔道士アールス殿、魔素紋、一致。魔道士長、申請課長の入室依頼証明書、こちらも魔素紋一致。確かにアールス殿ご本人と確認されました」
「ありがとう」
石盤から手を離す。特殊な粉の振られた石板に微量な魔力を流すと、その上に紋様が浮かび上がる。
これを魔素紋という。個人によって魔力の質は異なるため、他人と同じ紋様になることはない。もし魔道士が術により巧みに変装したとしても、魔素紋まで変えることは容易ではなく、個人を識別する重要な要素となっている。
「しかし最大2日間入室なんて、なかなか無いぞ。レイムルのじいさんは歯噛みしてるんじゃないか」
厳重な本人確認を完了し、緊張を解いた顔見知りの魔道士が軽口を叩く。
レイムル師は王立教育所において、魔道とその歴史を教える元魔道士の老教授だ。たしか80歳を超えている筈だが、魔道に対する探求心は未だ衰えず、魔道の塔にも時折顔を見せ、魔道士長と話をしに来ることもある。カール5世も彼には一目置いており、時間があれば、茶飲み話の相手を務めることもある。
磊落な性格で、アールスなども気兼ねなく話ができる人物なのだが、たしかに2日間重要書物庫に入室出来るというアールスの話を聞けば、歯噛みして悔しがるか、よだれを垂らして羨ましがりそうである。
「そうかもしれんが、2日間でなんとか手がかりを捕まえにゃならんから、焦るぜ」
アールスがため息まじりに漏らすと、魔道士は一瞬同情的な表情を浮かべたが、にこやかにアールスに告げた。
「知ってるだろうが、このまま真っ直ぐ行けば正面に扉が見えてくる。そこが魔道書の書物庫だ。じゃあ頑張れよ」
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