18.報告書
アンナと共に城内外を検証した日からその後の約1ヶ月間はアールスにとって息つく間もない日々であった。
魔道士の塔と数の塔を行き来し、アンナの計算結果を確認・指摘を行い、算術士長のセキの協力も得ながらようやくまとまったのが10日後。それから宮廷魔道士団の同僚達と共に勤務の時間を縫って王宮の模型を相手に実際に結界を張る模擬訓練を行い、検証・議論を尽くした。
王宮の模型は宮廷建築士とその助手達に無理を言って突貫で作らせたものだ。アンナが提案し、ワトビアの口添えで計算結果が出るまでに完成させるよう高価な酒を携え話をつけた。
模擬訓練とその検証結果を書類にまとめ、形になるのに20日ほどを要し、果たしてワトビアに報告する段になった。
「おせえじゃねえか」
ワトビアが椅子にふんぞりかえり、ニヤニヤと言った。
「無理言うんじゃねえよ、ろくに寝てねえんだぞ」
アールスは力無く抗議した。書類を作成するなどアールスにとって最も苦手な作業で、小難しい検証結果をまとめるのは出口のない暗闇を進むような気分だったのだ。その間もワトビアにまだかまだかと急かされ、寝る間を惜しんで作成したのだ。根は真面目な男なのである。
「仕事だ。文句言うんじゃねえ。報告しろ」
うるさそうに手をひらひらさせ、ワトビアは促した。
細かな説明もアールスは苦手であった。
「…えー、と言うことで、皆で検証した結果、今までの1日32人工が30人工程度になるのではと考えています」
途中つっかえたり、ワトビアの的確な質問に四苦八苦しながら答つつもなんとかそのように結んだ。
「ふん、32が30か…。思ったよりいいな。小難しい計算は俺にはわからねえが、うまくいけば1日にもう2人休みを出せるわけだ」
ワトビアは書類をパラパラと満足そうに眺めている。
「是非そうしてくれよ。みんな疲れてるんだぜ、効率良くなったからって他の仕事を増やしたりしないでくれよ」
アールスは切実に訴えた。
宮廷魔道士は激務である。宮廷魔道士団は36人おり1日3交代で延べ32人が警備を行っている。残りの4人がその日の非番となる。単純計算で休めるのは9日に1度である。宮廷魔道士団は魔道士の中でも選りすぐりの存在であり、宮廷に勤めることから気軽に人数を増やせるわけではなく、個人個人に大きな負担がかかっていた。それが30人工となれば非番が6日に1度となるのだ。この検証結果は宮廷魔道士団に大きな希望をもたらした。
「俺も鬼じゃねえ。疲れてるからなんとかしようって話だ。それについては上と掛け合ってやる」
「頼むぜ」
ワトビアの返事にひとまず安心する。
「まあまずは良くできてるんじゃねえか。姫様の補足の書類もついてるし、セキの判も押してあるしな。宰相に持っていこう」
「その後は許可が降りたら実証実験って事になるのか」
「まずは陛下の裁可が必要だろうな。何しろ王宮の警護の話だからな。裁可が降りたら実際に運用して不備がないか検証、模擬訓練、また沢山の検証。沢山の模擬訓練…。そして報告書」
その後は宰相、陛下の裁可か…まだまだ先は長そうである。半ば分かってはいたもののアールスはうんざりした気分である。そうした表情を見やり、ワトビアは付け足した。
「だがこの件はアンナ姫が大きく関わっているからな。意外と陛下も前のめりになられている。実際何度か進捗を聞かれせっつかれている始末だ。可愛い娘の仕事だから陛下といえども無碍にはしないだろう」
「ほんとかよ」
そこまで上手くいくのだろうかとアールスは考えていた。
カール5世は英明な王として名を馳せ、臣下の間でも忠誠は保たれており、道理をわきまえ多少の冗談もわかる人物だと聞いている。しかし仕事に関してはしっかりとした厳しさも持っており、自分の娘だからといって、甘い評価をするとは思えなかった。むしろ娘だからこそ、と言うことも考えられる。
アンナ姫か…と自分に隔てなく声をかけてくれた顔を思い出した。今後実証実験まで漕ぎつければ、立ち会いのためまた何度か会うこともあるかもしれないが、実際に新しい結界が運用されるようになれば、彼女の言っていた「対等な関係」から王族と魔道士に戻り、話すこともなくなるだろう。一抹の寂しさはあるが、その辺りはアールスは面白い体験ができたなと割り切って考えている。それよりも、激務に疲れ果てる前に休みが増えることを切望していた。
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