15.王宮の結界
その後も宮殿内をつぶさに見て周る。アンナは紙とペンを手に施設ごとの注意点や、不明な点をアールスに尋ねては熱心に書き込んでいた。そのうち二人は城下町を見下ろすバルコニーにやってきた。
雲一つない青空で、爽やかな風が吹いている。陽光も柔らかく降り注ぎ心地の良い陽気である。アンナを認めた警備兵が弾かれるように敬礼を返した。「ご苦労さま」とにっこり笑いアンナは手を小さく振った。
「これ何かしら」
アンナは先ほどカパティアから渡された小袋を開け、中を確かめた。
「クッキーだわ。食べましょう」
アンナは喜色を浮かべアールスにもいくつか手渡してくれた。
「ありがとうございます」
厨房から出る際にカパティアから毒味済であることは確認していた。
「うん。おいしい」
アンナはモグモグと口を動かしながら城下町の景色をしばらく眺めていた。
「厨房では面白かったわ。あなたがカパティアやワトビアに日頃どんな話し方をしているのか見てみたいわね」
「い…いえ、あれはカパティア殿のご冗談ではないかと…」
慌ててアールスは弁解をした。
「そんなことはなさそうだったけど…」
悪戯っぽい表情でアールスを見、アンナは上方に視線を移した。バルコニーは宮殿の中段に位置しており、そこからさらに尖塔や構造物が上に伸びている。クッキーを口に運びながらアンナが尋ねた。
「城の上空にも結界が張られているのよね?」
「はい」
結界は王宮を半球状に覆っている。その魔力は各所に置かれた魔石から供給されており、魔力がなくなり次第交換され、魔力の抜けた石は宮廷魔道士が充填せねばならない。これも宮廷魔道士の負担となる仕事の一つだった。
「半球状…攻撃も防いだりできるの?」
「王宮を囲んでいるのは探知の結界です。攻撃を常に防ぐ結界を張るには魔力がいくらあっても足りません。結界に干渉を受けた際は宮廷魔道士が急行し警戒にあたることになっております」
「ふうん、干渉ってどのくらいであるの?」
「毎日50回程度はございます」
「え!?そんなにあるの」
驚いたアンナは思わず空を見上げた。
各国との関係は比較的良好といえるシュマルハウト王国だが、当然一筋縄でいくものではない。全ての国は他国の情報を取るため、懸命に情報を集める。間者を放つ、使節にや職人に紛れ込む、他国に協力者を作るなどが例として挙げられる。王宮の結界に対する干渉は他国の魔道士が結界の性質や警備状況を確認するためのものだろう。当然シュマルハウト王国も各国に対して行なっていることだ。
「まあそのうち実際に急行するのは2〜3回ほどです」
ほとんどの場合は他国の魔道士が結界の様子を確認するため「触れる」、「つつく」程度のもので殊更騒ぎ立てるものではない。「傷つける」段階になると、魔道士は急行し至急修復するとともに残留している魔素を調べ、過去の傾向からどこの国の魔道士なのか、目的は何か、といったことを類推するのだ。
「鳥は当然結界に触れているわよね」
アンナは相変わらず空を見上げながら尋ねた。
「それは問題ありません」
王宮を行き来する動物は鳥に限らず、猫などの獣、昆虫など小さなものをあげればキリがないが、生き物には固有の「相」があり、結界に触れても魔道士にはすぐ見分けがつく。ちなみに警備にあたる魔道士が一番最初に頭に叩き込むのが、生き物ごとの「相」である。
「ヘ〜、すごい。面白い」
アンナは心底感心した面持ちである。
再び空を見上げたアンナは小さな可愛らしい顎に手を当て何やら考えていたが、不意にアールスに尋ねた。
「ということは探知の結界は王宮を囲めていればいいのね?強度は特に関係ないのね?」
アールスがそうですと答えるが早いか、アンナはにわかにペンを取ると現在の王宮を囲む結界の範囲と高さを矢継ぎ早にアールスに確認しサラサラと計算を始めた。すぐに結果は出たようで、計算結果を眺める。
「結界を張る面積は小さい方が魔力の節約になるのよね」
「そうです」
「適当な計算だからちゃんとした事は改めて図面を細かく見てやるつもりだけど…少しは使う魔力を減らせるんじゃないかしら」
「おお」
アールスはアンナの計算した用紙を見たが当然訳がわからない。数字や見たこともない記号が並んでいるだけだ。
「半球状よりこの形の方が表面積が減らせるんじゃないかと思うんだけど…こういう形に結界は作れるのかしら?」
あんまり絵は上手じゃないのよね、とブツブツ言いながらアンナが示したのは王宮を円錐状に包み込む形であった。見たところ魔石の配置や出力の加減などの工夫は必要だろうが不可能ではなさそうだ。
「可能です」
アールスは簡潔に答えた。
「なら、王宮を包む結界に限れば今まで魔力が100必要だったとしたら90くらいでいけるかもしれないわ」
アンナは満足げに頷いた。
「それは素晴らしい」
王宮を包む探知結界は範囲が広いため、魔力を節約するため薄く張られている。そのためそれほど膨大な魔力を使用している訳ではないが、それでも魔力を1割近く削減できるとなればそれは大きな成果であった。
「ぜひ細かな計算をお願いしたいです」
「わかったわ。やっぱり来てみてよかったわ」
アンナは目を輝かせて答えた。道筋が見えたことで頬にもうっすらと赤みが差し嬉しそうである。アールスも彼女が結果を出せそうなことを嬉しく思えた。
「私の助言が役に立ったのではないか?」
不意に背後から声がした。
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