13.計算結果
「一度ワトビアに来てもらって、警備に関わる人数や術の有効範囲とかを教えてもらったの」
「今までの警備を知らないまっさらな状態で、まずは計算してほしい」それがワトビアの注文だったという。そう説明しながらアンナが広げた図面には、補助線や計算式がびっしりと書き込まれていた。
「……まずは説明するわね」
数字や記号の羅列に無表情で思考停止していたアールスにクスリと笑いかけ、アンナは説明を開始した。どうやら図面上にある黒い点は魔道士、それを囲む円は術の有効範囲を示すらしいことは理解できた。
アールスが驚いたのはその魔道士の配置が気になる点はあるにせよ、実際に行っている配置の一つに近かったことだ。術の有効範囲は図面上は円形だが実際は魔道士を中心とした球体である。さらに建物の構造や重要な場所などが加味され、魔道士の配置は必ずしも均等になる訳ではない。ある箇所では魔道士が多く集まっているように見えたり、ある箇所では不安になるほど疎になる。それが今までの魔道士の塔における長い歴史と経験から導きだされた最良の配置だったが、アンナの図面にはしっかりと示されていた。
「こんな感じで配置を考えてみたんだけど……どうかしら?」
アンナの声に微かな震えが混じる。警備の専門家のアールスにこの配置がどう映っているのかを祈るような心地で見つめていた。
アールスはこの計算結果からアンナの算術の能力は確かなことを悟り、何より算術士として真剣に取り組んでいることが分かった。決して王族の道楽ではない。そう図面をにらみながら考えていた。
「ほぼ予備知識の無い状態で姫様に計算をお願いしているとおっしゃってましたが……」
「ええ……」
アンナは審判でも待つようにアールスを凝視している。
「一言で申しますと素晴らしいです」
アールスの嘘偽りの無い言葉であった。
「本当!?」
アンナは満面に喜色をたたえ、大きくほっとため息をついた。
「算術でこのような結果を導かれたことに正直驚いております。当然気になる点はございます。しかしこれから実際の警備の方法や結界の細かな情報などを姫様にお伝えすれば、もっと詳細に計算でき、魔道士の塔が求める警備の効率化を実現できるのではないでしょうか」
これはアールスにとっても嬉しい誤算だった。成功の可能性が見え、アールスも思わず饒舌になった。
「よかった!うれしいわ!早速いろいろ教えて」
腕まくりせんばかりの勢いでアンナは目を輝かせた。
「あ、そうか。そう言うやり方もあるのね……」
アールスから警備や有効な術、結界の知識、さらには過去の間者の対処方法などをアンナは興味深く聞いていた。
「あと気になる点ですが……」
アールスは遠慮なく指摘した。それがアンナの意気込みに答えることになると思ったからである。しかし指摘が10を超えたあたりでアンナが口を尖らせアールスをジロリと睨んだ。
「素晴らしいって言ってくれたのにずいぶんあるじゃない」
「素晴らしいからこそ、しっかりと問題点が指摘できるのだとお考え下さい」
アールスの咄嗟の返事にアンナは目を丸くした。
「……うまいこというわね」
アンナは即座に機嫌を直した。目を細めにこりと笑う。
アールスは慌てて目を逸らした。
「やっぱり専門家と話すのは面白いわね。思ってもみなかった考え方や指摘を貰えるもの。警備がこれほど奥が深いなんて……でも聞けば聞く程計算が難しそうね」
「私も姫様のお陰で蒙が開かれた思いです。正直長い歴史と経験に裏付けられた魔道士の塔の警備を計算でどうこうできるとは思っていませんでした。それを姫様は短時間で計算されました。今後は数学の塔に協力を仰ぐことも増えるかもしれません」
アールスの正直な感想だった。今後魔道士の塔に算術士を入れても良いかもしれないとまで考えていた。
「そうなるには私が結果を出さないとね。貰った指摘は宿題にさせてもらうわ。また来てもらうことになるけどお願いね」
「いつでもお呼び下さい」
頭を下げるアールスにアンナは居住まいを正した。
「アールス。今回のことすごく感謝しているの。私が算術に明け暮れているのを姫の道楽だなんて言っている人がいるのも知っているわ。だからこうして仕事を実際に貰えて嬉しいの。だから私頑張るわ」
「いかがでした?アンナ姫は」
会談を終え、挨拶のために執務室を訪れたアールスに対し、セキが待ちかねたように尋ねた。
「とても快活な方で私のような者にも気軽にお話し頂けました。そしてなにより姫様の出して頂いた計算結果に正直驚きました。ご迷惑でなければ数の塔の協力を仰ぎたいとワトビアに進言したいほどです」
「それは良かった。うちの生徒を高く評価して頂いて嬉しいよ」
セキが冗談めかして笑いかけた。
「こちらも僭越ながらいくつか宿題を出させて頂きました」
「姫様も、この仕事に意気込んでおられる。私も姫様には結果を出してほしいと思っている。素直な良い方だしね。アールス殿もよろしくお願いするよ」
声音と表情からセキは心から言っている。アールスは背筋が伸びる思いだった。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
アールスは軽やかな足取りで数の塔を出た。最初の会合は実際よい雰囲気の中、及第点を達成出来たのではないかと思う。アールスは当初警備の効率化の仕事を任された際は、厄介な仕事を押し付けられたと考えていたが、これがきっかけとなり魔道士の塔以外の新たな環境を体験出来、良い誤算となった。しかしアンナ姫がこの仕事に参加する事になり、更なる責任がアールスにのしかかった。王族が関わる以上失敗は許されない。
「でもいい子だったな……」
アールスは不敬にも呟いた。責任は重いが、幸いアンナ姫はなんとか協力し成功させてやりたい、と思わせる素直で好感の持てる人物だった。
「……」
ふと数の塔を見上げた。アンナとの議論の最中、何度か首筋に違和感を感じたことが気になっていた。
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