11.数の塔
算術士の集まる「数の塔」は、王立図書館の南にある王立学問所を囲む「学問の塔」の中の一つである。
ワトビアへの報告から1ヶ月たち、アールスは紹介状を手に数の塔へ向かった。受付をすませ、教えられた数学士長の部屋へ向かう。
その移動中、アールスは数の塔は意外に活発である事に驚いていた。算術士といえば狭く薄暗い部屋で黙々と計算に没頭している連中、と言う想像をしていたのだ。
しかし数の塔内部は広く開放的な空間になっており、多くの算術士同士が茶を片手に活発な議論を交わしていた。部屋の壁一面が黒板になっている区画もあり、多くの数式で埋められている。通りかかった算術士が立ち止まっては、勝手に計算や疑問点を描き込んだりしており、絶えず変化していると言う印象をアールスに与えた。これでは魔道の塔よりよっぽど活気があるではないか。
さらにアールスを驚かせたのは魔道士の自分に対する反応であった。魔道士はどこへ行っても胡乱な目を向けられるのが常だったが、ここでは、特に見向きもされないか、元気に挨拶してくるものまでいた。驚いてしまい「ど…どうも」と無愛想に返事をするのが精一杯だった。
孤児からワトビアに拾われ宮廷魔道士となってからは、あまり進んで外に出る事も無く、魔道士の間でしか話をしないアールスは、自分の社交性の無さに少し情けなくなった。
「やあどうも、ワトビア師から話は聞いています。算術士長のセキです。まあ座りなさい」
アールスから紹介状を受け取り、にこやかに席を勧める。
「警備の効率的な運用についてだね、魔道の塔から声がかかるなんて嬉しいことだ」
セキは柔らかい表情をした初老の男だ。ゆったりとした学士服に身を包んでいる。
「よろしくお願いします」
「時間がかかってすまなかったね。ワトビア殿とも話してたんだが、何しろ警備についてだからね。信用できるものの人選や手続きに手間取っていたんだ」
確かに王宮の警備の話である。万が一情報が漏れるような事があってはならない。人選は慎重に慎重を重ねたのだろう。
「お手間を取らせて申し訳ありません」
アールスは殊勝に返す。
「まあ時間をかけたおかげで良い人選が出来たと思う。信用も出来るし才能もあるので悪い結果にはならないと思うよ。早速案内しよう」
席のついてそこそこに次の場所へ向かう。
士長室のさらに上に向かう階段を上がる。移動中の壁にも数式の紙片や覚書がそこかしこに貼付けられていた。
「数の塔は活気があるのですね」
アールスは到底理解できない事が書かれている紙片を見、感心して声を上げる。
「驚いたかね。数学にもいろいろな分野があるんだが、このように数式や検討中の成果を書き留めておく事で、誰でも見る事が出来る。同じ分野の算術士同士では議論が尽くされ行き詰まりを見せているものでも、異なる分野から見れば意外と簡単に解けたり、重要な示唆を与える事ができたりするので、なかなか有効だよ」
セキは歩を進めながらにこやかに話す。
魔道にも様々な分野がある。魔道士の塔もこのように分野を横断する方法で、情報交換や、技術向上が見込めるかも知れない。アールスはそんな事を考えた。
「この奥だ」
階段を上りきり、セキが廊下の向こうを指し示す。突き当たりに扉が見える。アールスが不思議に思ったのは扉の両側に物々しく騎士が立っている事だった。セキは気にする事も無く扉を叩く。
「セキです。魔道士の塔のアールス殿をお連れしました」
「…」
数の塔の長であるはずのセキが丁重に声をかける。アールスの不審がいや増した。
「どうぞ」
女性の声だ。セキが扉を開け、すぐに頭を下げる。扉の向こうの人物が見え、アールスはあわててひざまずいた。
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