10.魔王の助言
話は昨夜に戻る。
「お主はここに来た目的はなんだ? 泊まりがけでこの書物庫に来る者はめったにいないぞ」
ルーポトに尋ねられ、アールスは侵入者に答えていい物か一瞬返答に窮したが、全く実力の違う相手に半ば開き直った。
「魔道士の負担を減らす為に警備の効率化を考えている。何かいい知恵は無いか?」
「ないな。守る方法などなど考えたこともない。そんなに負担がかかるのか」
ルーポトの取りつく島も無い返事にアールスは苦笑した。
「いつ何時どこから来るかわからない侵入者を常に監視しなきゃならない。人数も能力も限りがある。割と大変なんだよ」
お前みたいな奴が来るから困ってるんだ。そう思ったが口には出さなかった。
「ふむ、面倒なものだな」
ほぼ興味を失った様子のルーポトだったが、ふと何かを思いついたのかアールスに顔を向けた。
「そう言えば最近算術に凝っている」
「は?」
算術が魔道による警備となんの関係があると言うのか。アールスは真意を測りかねた。
「あれはなんと言うか面白い。公理を重ね定理に至り、定理は未来永劫正しい。単なる数字がこれほど奥が深いとは思わなかった」
大いに感心したと言う様子でルーポトは語った。
「訳の分からん数字をこねくり回しているだけだろう、あんなもの」
アールスの算術の印象はまさにこの通りであった。多少の計算が出来れば十分に生きて行けるのに、素数やら虚数やらどうでもいい数を見つけては一喜一憂している役に立たない学問だ。
「天体の運行なども、計算できるようだぞ。効率の良い警備の配置も割り出せるのではいか」
「我々はずっと王宮の警備を担ってきたんだ。長い歴史や実績もある。数字で遊んで籠りっきりの奴らに実際に使える計算なんて出来る訳無いだろう」
アールスは吐き捨てた。長年かけて築いてきた現在の警備体制である。そう簡単に答えが出る訳はないと思えた。
「まあとにかく最近興味があるのだ。しかし本を読むだけではどうにも理解できんので、学校に行き初歩から学ぼうかと思っている。無論気配は消すが」
「魔王が学校に」
教室で少年少女に囲まれ授業を受ける魔王をアールスは想像した。
「ふむ…算術か、なるほどな」
ワトビアは顎を撫でながら呟いた。
「実際に使える警備が計算で出るかよ」
アールスにはワトビアが真剣に考慮している事が意外であった。
ワトビアは不意に膝を打って立ち上がった。「意外とそんなものかも知れんな。魔道に関わるからと言って魔道だけで考えていては行き詰まる。外からの知識で景色が変わる事もあるだろう。アールス、物は試しだ、数の塔に行ってこい」
「今から?」
「今は無理だが話を通しておく。話がついたら指示しよう。仕事に戻れ」
「わかった」
算術については大いに懐疑的なアールスは渋々答え、部屋を出ようと扉に手をかけた。
「アールス、忘れていた。報告書を出せ」
「昨夜の事についてか?」
聞こえない振りをして出て行こうかと思ったが、そう言う訳にもいかない。
「お前重要書物庫に武器を持ち込んだだろう?」
「い、いや…そんな事は」
いきなりの詰問に言葉が詰まった。
「誉めてんだぜ。お前が全力でやったと言うからには武器は欠かしてねえ筈だ。そう言う抜け目の無さは俺は好きだ。しかし警備上看過できねえからな。今後の参考にその方法を委細漏らさず書け。警備の抜き打ち調査だったって体にしといてやる」
誉めていると言うわりには厳しい目つきでアールスを睨みつける。
魔道の力を込めている杖と法具を持つと持たないとでは、術の規模が天と地程変わる。すっかりお見通しかとごくりと唾を飲んだ。
「…わかった」
アールスは観念して答え、部屋を出た。
しばらく扉を見つめていたワトビアは、やがて執務椅子に腰を下ろしニヤリと笑みを浮かべた。
「本当に持ち込んでやがったとは…やるじゃねえか」
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