104.会食
「は…いや、何がでしょう」
アールスは目を見開いた。
「いや、なかなか無茶をさせているんじゃないかと、陛下も懸念しておられた。いきなりノマダスへ行け、可能なら地位を奪って来い。そしてそこで暮らし和平の基礎を築け、そう言われて自分を何だと思ってるんだと憤慨しても無理はあるまい」
タミルにそう言われ、アールスはルーポトに出会ってから今までを考えてみた。まだ一年も経っていないのか、と改めて驚いた。一年前と言えば、防御結界の改善に向けて、同僚達と共に試行錯誤を重ねたり、資料を集めたりしている時期だった。そんな一年前の自分に今の自分の立場を伝えたら、きっと「一年後俺は頭がおかしくなっている」と絶望するに違いない。
「確かに偉い方々に随分振り回されているな、と思いますが…」
思わず苦笑してしまう。
「まあ幸い独り身ですし、言い交わすような相手もいないので気楽なものです。そして最近はこんな体験はなかなか出来る物ではないと、少しは前向きになれています。サカキ様にノマダスに置いてきぼりを食らった時は目の前が真っ暗になりましたが」
アールスは自嘲の笑みを浮かべ、グラスに口をつけた。
「ほう」
タミルは改めてアールスを見た。
見たところ宰相である自分にまだ緊張しているようではあるが、自暴自棄になっているわけでもなく、ルーポトに操られているという様子もなさそうだ。目は強い光を宿しており、なかなか腹が座っているのかもしれない。
「では案外上手くやれているのか」
「どうでしょう。全く手探りなので…」
二人の間にふと影が刺した。
「領主様は上手くやっていますよ」
ポポロであった。
「おお、ポポロ殿、ぜひお話ししたいと思っておりました」
「あら」
ポポロは嬉しそうに微笑み、見上げるタミルを気遣い膝立ちになり、腰を落とした。それでも顔の位置はポポロの方が高い。
「そんな事をされては、膝が汚れてしまいます。淑女にそのような事はさせられません。どうぞお気遣いなく」
「有難うございます。でも宰相様の前であまりにも頭が高いのは気が引けますわ」
慌てたタミルに気にする様子もなく笑っている。
「聞いたアールス。淑女だって」
「うるせえよ。あ、すみません」
アールスはニヤニヤと見るポポロに思わず毒づいたが、タミルを見て肩をすくめた。その様子にタミルは笑みを浮かべた。
「安心しました。どうやら仲良くやっているようだ。アールス殿はどのような領主なのですか」
「うちの陛下にも大きな口を叩いております。不敬なんてもんじゃないですよ」
「それはそれは」
口に手を当てひそひそと話すポポロに、こんな気さくなアンティノキアもいるのかと蒙を開かれる思いだった。そのポポロは後ろを向いて手招きし、ファーミアを呼び寄せた。
「な…何でしょう」
ファーミアは不安げな様子で近づいてきた。
「アールス殿はいい領主か悪い領主か、宰相様にご説明申し上げて」
ファーミアはポポロに陰にいたタミルに気づき、顔の毛を逆立たせた。そして消えいるような声で喋り出す。
「りょ…領主様はとてもお優しくて、良い方だと…思います。領民のことを考えて行動しておられます。今は学校を作ろうですとか、環境を良くできるか、名産品などを作れるかなど、私たちの意見も聞いていただき、共に考えてくださっています」
「そうですか」
なかなか良くやっているようで感心する。アールスは面映い顔をして下を向いている。そしてファーミアもまた、タミルの印象とは程遠いアンティノキアだった。
アンティノキアというのは残忍で凶悪な種族だと一括りにしていたが、人間と同様多様な個性があることをタミルは改めて気付かされた。
「とりあえず、上手くやっているようで安心したよ。陛下にも良い報告ができそうだ。交渉はしばらく続くし、会食も頻繁にある予定だから、また改めて話を聞かせてもらおう」
タミルはにこやかにグラスを持ち上げ、シュマルハウトの官僚たちと話すルーポトとバラドラの方へ向かった。
「素敵な方ね」
タミルの後ろ姿を見ながら、ポポロが微笑んだ。さすがに一国の宰相である。挙措や会話に如才がない。領主となった以上、あのような立ち居振る舞いも身につけねばならないのだろうか。そう考えるとアールスは暗澹たる気分になった。
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