102.ノマダス陣営
「バラドラ様はクロム砦の兵士たちが大変お世話になったようで、感謝しております」
「ああ。こちらもなかなか楽しかった」
バラドラが答えると、タミルは続けた。
「ラプルという果実まで頂戴しました。カール5世も口にし大変喜んでおりました」
「ほう、シュマルハウトの国王陛下も召し上がってくださったか。それは光栄だ」
「私と一緒に食べたのだ」
ルーポトが微笑んで会話に入ってきた。
和やかに会話が進み、身構えていた兵士たちはほっと胸を撫で下ろした。和平交渉も一種の戦いである。角付き合うような空気になる可能性も十分にあるのだ。和平交渉の場でよもや戦闘になることはないが、実際に巨大なアンティノキアを目の当たりにし、勝てる見込みなどあるのかと考えていたのだ。
「これでみなさんお揃いですか?」
タミルがルーポトを見た。
「いや、まだだ。もうそこまで来ているが」
再びタミルが北の空を見ると、羽ばたく影が2つ見えている。小さな影と大きな影があり大きい影の方は何か荷物を吊り下げているように見える。
「ああ」
兵士たちから声が上がる。先ほどの恐怖の入り混じった声ではなく、意外なものを見たような響きだ。
大きな影は人間の若い女性のように見える。正装の鎧が陽光を弾き返し、優雅に舞い降りてきた。肩から吊り下げている卵のような形の荷物を優しく接地させ、その後ふわりと着地した。小さな影は猫のような頭をしたすらりとした女性と思われ、音も立てず着地する。シュマルハウト側の官僚、兵士たちは美しいとも言える二人の姿にすっかり目を奪われている。
(あれは…ポポロ殿と言ったかな)
タミルはサカキの描いた絵姿を思い出していた。このようなアンティノキアもいるのかとあの時は思ったものだった。もう一人はタミルも知らないアンティノキアだ。
ポポロは先ほどまで吊り下げていた、荷物というには美しい意匠が施されている物体をコンコンと叩き、声をかけた。すると荷物の側面についていた扉が開き、中からフードを被った男が出てきた。タミルも見慣れた、シュマルハウト宮廷魔道士のフードだ。事情を知らない兵士たちがざわめいた。
「ポポロ殿とアールス殿ですね」
タミルがつぶやくとルーポトは頷いた。
「そうか、サカキ殿の絵を見たのだな。その通り。彼女はポポロ。バラドラの部下でもある。そして彼こそシュマルハウト宮廷魔道士にしてクロム領主となったアールスだ」
アールスは皆の注視を受ける中、慌てて服の皺を伸ばし、ポポロと共にルーポトの元に歩み寄り、跪いた。
「遅くなり申し訳ございません。クロム領主アールス=ブレイン。ただいま到着いたしました」
「ご苦労。タミル殿はご存知だろう。そして彼女はポポロだ。バラドラの部下で戦士だ」
「ポポロと申します。一介の兵士に過ぎませんがお見知りおきを」
「存じております。サカキの持ち帰った絵にポポロ殿の姿が描かれておりました」
タミルが言うと、ポポロはにっこりと微笑んだ。人懐こい笑顔にタミルは驚き兵士たちは嘆声を上げた。
「サカキ様はノマダスでクロム領までご案内しました。何度かお手合わせいただきましたが、素晴らしい剣技に驚嘆しましたわ」
「サカキもポポロ殿の強さに驚いたと言っていました」
サカキの報告ではポポロには全く敵わなかったという。ルーポトは人間はいつかアンティノキアの戦力を越え、それを恐れているというが、タミルにとってはまだまだ信じ難いことである。今のうちに和平を築くことはこちらにとっても必須であると言う思いを新たにする。
「アールス殿」
タミルはアールスに目を向けた。
アールスを見たのは数ヶ月前、王宮の結界の改善作業にカール5世と共に視察を行って以来である。あれからナティアで修行をし、ノマダスへサカキ、ルーポトに同行し、ノマダスの地方領主になるという、彼にとっては波乱に満ちた出来事であったろう。
「王宮の結界の視察以来ですね。このような形でお会いするとは世の中何があるかわかりません」
「は、私のようなものを覚えていて下さり、光栄です」
アールスは複雑な表情で答えた。アールス自身シュマルハウトの宮廷魔道士なのかノマダスのクロム領主なのか、どちらの立ち位置でいればいいのか測り兼ねていた。しかしタミルに慇懃に話しかけられた事でクロム領主として対応するべきだと悟った。
「現在はノマダス王国クロム領の領主として勤めております。こちらに控えておりますのは私の部下のファーミアと申す者です」
「ファーミア殿。よろしくお願いします」
「ファファ…ファーミアと申します。よよよよよろしくお願いします」
タミルは眉を顰め、ポポロがクスリと笑った。何か怯えているように見える。実際怯えていた。
シュマルハウトの兵士たちと宰相、そしてなんと言ってもルーポトの視線を受け震え上がっていたのだ。
このような重要な交渉の場に来、その様子を目の当たりにすれば、今後クロム領を運営していくにあたり、大きな力になるだろうとアールスがルーポトに許可を取り、ファーミアに同行を願った。その時のファーミアの絶望したような表情は見ものであった。
「では皆揃ったところで、早速始めよう。よろしく頼む」
ルーポトの声で会場の大扉が開かれ、和平交渉の開始が告げられた。
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