101.和平交渉会場
国境からほど近い未統治地帯の荒野に、不釣り合いな豪奢な建物が聳えている。
和平交渉のための会場である。巨大なアンティノキアの来訪を想定し、巨大な扉があり、内部に交渉の場である大きな広間が存在している。
この建物はシュマルハウトとノマダスの共同で建てられたものだ、設計と建築のための人員はシュマルハウト、建築資材はノマダス側が提供することで合意された。指定された日にシュマルハウト側の建築に携わる人員、兵士が和平交渉予定の地に来ると、いつの間にか大量の建築資材の山がすでに積まれており、大いに驚かされた。
その日から建設は始まり、交渉の5日前に無事落成した。
そして現在、交渉の初日を迎えている。
建物の西側にはシュマルハウトの官僚や兵士たちが滞在する天幕がいくつも設営されており、タミル達も前日に現地入りし、ノマダス側の到着を待っている所だ。
(いよいよだ)
太陽が中天に差し掛かり、交渉の時間が迫っていた。タミルをはじめ官僚たちは会場前で整列し待機している。兵士たちもその後ろで緊張の面持ちで居並んでいる。いつアンティノキアたちがやってきてもおかしくはない。これほど緊張したのはいつ以来だろう。タミルは大きく息をし、空を見つめた。
「空から来るのでしょうか」
官僚の一人が食い入るように空を見、タミルに話しかけた。
「多分そうだと思うが…」
タミルがそう言いながら、改めて空を見つめた時だった。
会場の大扉がゆっくりと音も立てず開き出したのだ。
「中を拝見したが、良い会場だ。あの広さなら我々も不自由なく移動できる。皆に礼を言わなければな」
「ル…ルーポト様!」
タミルが思わず叫び声をあげる。その声に官僚や兵士達が事態を理解できずざわついた。
「皆、聞け。この方はノマダス国王陛下である」
再びタミルが叫び、ルーポトの前に跪いた。一瞬その場は静寂に包まれた。その後慌てて官僚たちは跪き、遅れて兵長が号令をかけ、兵士たちは最敬礼の姿勢をとった。しかし戸惑いを隠すことはできなかった。一国の王が護衛も付けず、特に警戒する様子もなくただ一人で現れたのである。
(あれがノマダス王…)
(人間にしか見えんが。ほんとに魔王なのか)
兵士たちが囁き交わす中、タミルはルーポトの前に進み出た。
「陛下自らお越しいただけるとは考えておりませんでした。いつおいでになったのですか」
「つい先程だ。大事な和平の話し合いだ。当然来るとも」
「他の方々は」
「もう来る」
ルーポトは北の空を見た。タミルもそちらに視線を移す。
「あ」
小さな黒い点がいくつも空に現れその点がみるみる大きくなり、生物の羽ばたく影となって見えてきた。
「おお!」
官僚や兵士たちからも声が上がる。まず飛来してきたのは長い角を持つドラゴンのような…まさしくタミルが「魔物」を想像したときに思い浮かべるそのままの、禍々しい姿をした巨大なアンティノキアとそれに従う5人のアンティノキアだった。
(あれがアンティノキア…)
タミルの額に汗が浮かぶ。過去の戦争中、あのようにアンティノキア達は飛来してきたのだろうか、さぞ恐ろしい光景だったに違いない。
「あれがそちらで言う宰相_、政を司るバラドラだ」
「あの方が…宰相」
タミルが唖然として呟く。サカキの描いた絵を思い出した。よく描けていたが、やはり実物は迫力が違う。バラドラたちはバサバサと翼をはためかせながら、ゆっくりと砂煙を上げながら少し離れた場所に着地し、跪いた。
「ただいま到着いたしました。陛下」
低く太い声であった。それにしても大きい、跪いていても3エル近くあり、従う官僚たちもタミルより高い位置に頭があった。タミルには魔力こそ感じないが、それでも圧倒的な威圧感を感じる。200年前人間はこんな奴らと戦っていたのかと改めて恐ろしくなった。バラドラ一人でもタミルの背後に控える300人の兵士たちを倒せるのではないか。いや、倒せるのだろうと確信できた。
「ご苦労、バラドラ。この方がシュマルハウト王国の宰相、タミル殿だ」
ルーポトが隣に立つタミルを示すとバラドラがタミルに視線を移し、立ち上がった。
(何と言う大きさか)
タミルは思わず声を上げそうになったが、それを抑えた。7エルはあるのではないだろうか。バラドラがゆっくりと歩み寄る。兵士長が割って入ろうとしたが、タミルはそれを目で制した。そして臆するまいとバラドラと視線を交えた。
バラドラはタミルのそばまで近づき膝を落とし、手を差し出した。
「ノマダス王国で政を任されているバラドラと申す。和平交渉が現実のものとなり、誠に嬉しく思う。両国にとって良い交渉となることを願っている」
「おお」
ぶっきらぼうな口調であるが誠意が感じられ、タミルの緊張が少しだけ解けた。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はシュマルハウト王国の宰相を務めるタミルと申します。こちらこそアンティノキアの方々との和平は長年の夢でした。共に喜び合えるような結果を導き出せればと考えております」
差し出されているバラドラの手は巨大でタミルはどうしたものかと迷ったが、とりあえず両手でタミルの腕ほどの太さのある指に触れた。
「バラドラ様は大きく、握手もままなりませんが、これで失礼に当たりませんか」
「結構だ。気遣いに感謝する」
バラドラは笑ったのかわずかに目を細めた。
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