プロローグ
ヨークは目を輝かせて宮殿の広間を眺めていた。
この日はパウル王国の新年の儀。10歳を迎えた彼は、貴族の儀礼に参列を許される年齢となり、父と共にやってきたのだった。
パウル王の姿は肖像画などで知っているが、実際にこの目で見るのは初めてなので、気分は高揚していた。
初めこそ居並ぶ貴族たちに威圧感を覚え、緊張を隠せなかったが、仕立ての良い礼装に身を包んだヨークの姿に「まあ可愛らしい」と多くの貴婦人の笑みが向けられ、今はすっかり宮殿の雰囲気を楽しんでいた。
やがて大きな触れの声と共に王が姿を現した。参列者が一斉に背筋を伸ばす。
男爵である父の地位では、ホールの後方、入り口付近に控えることになる。玉座までは距離があり、王の姿はそれほど大きくは見えないが、それでもヨークの身が引き締まる。
王が玉座の前に立ち、新年の言葉を述べる。朗々としたよく通る声だ。
そのとき_。
「……?」
ふいに玉座の後ろから男が現れた。
長い銀髪で褐色の肌を持つ美しい顔立ちの男で、身なりはしっかりとしており、地位の高い貴族のように見える。
男はゆったりとした動作ではあるが、何のためらいもなく王の横に立ち、参列者を悠然と見下ろした。
「……父上、あの方は……」
「シッ!喋るな。離れているとはいえ御前だぞ。」
父に即座に咎められ、ヨークは首を縮めた。
しかし、ヨークはその男から目が離せない。その男は玉座の後ろにゆっくりと周り、玉座に体を持たせかけたり、調度品に触れたりと、好き勝手に振る舞っている。
(すごく……不敬なのでは? うわあ、陛下の前を横切った!)
男のあまりの所業にヨークは声が出そうになったが何とかこらえた。
(これは……普通のことなの!? こういうものなの??)
ヨークの立つ位置からは参列者がほぼ全員見渡せるが、誰もしわぶきひとつ、誰何の声を上げるでもなく王を見ていた。驚いたことに王自身も、その男の存在を無視するように言葉を続けている。
王の近くに控えている近衛兵も微動だにしない。
それを見てヨークは、きっと自分の知らないしきたりでもあるのだろうと納得するしかなかった。
(あとで父上に教えてもらおう……)
そう思いながら、改めて男に目を戻した。
「!」
(こっちを見てる!)
ヨークの心臓は跳ね上がった。離れてはいるが、確実にこちらを見ていることはわかった。ヨークも縫い付けられたように目を離すことができない。対して男は穏やかな眼差しで見ていたが、ゆっくりとヨークに手を振り、再び王の前を横切り、玉座の背後にある天幕の向こうへ歩き去った。
王の声は何事もなかったかのように続いていた。
「どうだった。緊張したか?」
帰りの馬車の中で、父はヨークに優しく声をかけた。
「最初はしたけど、みんな優しく話しかけてくださったし、パーティのお菓子も美味しかったし、すごく楽しかった」
「ははは、そうか、よかった。」
男爵は豪快に笑いヨークの頭を優しく撫でた。ヨークは気になっていることを聞くことにした。
「父上、あれはなんていう人なの?」
「ん。どなたのことだ」
「新年のお言葉の時に、王様の近くをウロウロしたり横切ったりした人がいたでしょ?」
男爵はヨークをまじまじと見た。
「?……何を言っている」
「綺麗な銀髪の背の高い男の人。みんな無反応だったけど、ああいう風にするのが決まりなの?」
「ヨーク……何を言っているんだ。大丈夫か?」
男爵は今度は幾分心配そうにヨークに向き直った。
「え……」
ヨークは父の反応に驚いてしまい、それ以上言葉を続けることができなかった。男爵はヨークを厳しい顔で見つめていたが、やがて表情を和らげ、ヨークの肩に手を置き体を引き寄せた。
「疲れてるんじゃないか?なにしろ初めての式典だ。思った以上に緊張していたんだろう。今日は帰ってゆっくり休みなさい」
「うん……」
「だいたいそんな奴がいたら即刻打ち首だぞ!ははは」
「……だよね」
(幻でも見たのかな?)
ヨークはぼんやりと窓を過ぎる景色を眺めた。あの男が手を振った時の穏やかな微笑みが、やけに印象に残っていた。
某国の深夜、王の寝所。
銀髪の男はベッドのたもとに立ち、王と王妃の寝顔を見下ろしていた。
「ここもこんなものか」
男はつぶやき、消えた。
男が最後に来た国はシュマルハウト王国であった。
男は王宮広場を歩いていた。
深夜だが魔道の光による街灯が立ち並び、広場も明るく照らされている。王都ファルスは「不夜の都市」とも呼ばれ、この時間でも、歓楽街では店が開いており、酔客の喧騒は続いている。
しかし王宮の周辺は夜間の立ち入りは禁止となり、厳重な警備が敷かれている。だが、男を誰何するものはいない。今も男のすぐ横を警備兵が通り過ぎたところだ。
男は王宮広場の中央に立つ、巨大な「英雄たちの像」を眺めていた。
高い土台の上に4人の人物がそれぞれ東西南北を向いて立っている。男は一体ずつ興味深げに観察し、像の前をひと回りした。そして像に背を向け、小さく嘆声を上げた。
「ほう……これはなかなかだな」
視線の先には、シュマルハウト王国の王宮が広がっていた。
「網目のように隙間なく結界が張られている……見事なものだ。」
男の目には、結界が王宮を包み込んでいるのが煌びやかな光として見えていた。
「外側は探知結界。内部にもある、おお、あんなところに空間操作の結界もあるな……。不用意に触れたらどこへ飛ばされるのやら……まるで結界の見本市だな」
丹念に結界を一つ一つ眺める。警備の兵士がまた男のすぐ横を通り過ぎた。
「ここに侵入できるものはなかなかいないだろうな」
男は感心して呟いたがすぐに「私以外は」と付け加えた。
よろしければ、評価・ブックマークお願いいたします。
励みになります。




