09 スキル『抹消』
「俺を勇者と呼ぶんじゃねぇ!!」
怒声を放った熊男ダグラスは坊主男に向き直る。
「余計なことを知ったな」
瞬間。
坊主男はなんの痕跡も残すことなく消えた。
「あのおっちゃん勇者なの?」
「ああ、自分の妻を殺し、失踪した最悪の勇者だと言われている」
「お前にも消えてもらうぞ」
「まずい! ラルカ、ダグラスに触れられちゃダメだ!」
「なんで?」
「ダグラスのスキルは触れたものを『抹消』する!」
坊主男が跡形もなく消えたように。
盗賊たちの『気配』がなかったように。
洞窟の断面に凹凸がなかったように。
次の瞬間にはユーリの懐にダグラスが入り込んでいた。
「消えろ」
「させないよ!」
ラルカが大槌を振りかぶりダグラスに飛びかかる。
「ダメだ! 武器も消されるぞ!」
「えぇ!?」
大槌が狙う場所に抹消する手をかざすダグラス。
なんとか身をよじり躱すが、ラルカは受け身もとれず地面に突っ込んだ。
一瞬の隙をみてユーリが斬りかかるが、あたらない。
一歩下がって躱される。
「なぜ、帝国を裏切った! あなたは歴代勇者の中で最も優しく、最も忠実な勇者だったはずだ」
「世界に必要のない汚物を消しているだけだ」
一言と同時に踏み込むダグラス。
ユーリの反応が少し遅れた。
「速っ」
「ユー! こっち!」
ラルカが鎖を引っ張りユーリを引き寄せる。
勢いのまま通路へ逃げ込んだ。
ダグラスの手は空をつかむ。
「チッ」
入り組んだ盗賊のアジトを闇雲に逃げ回る。
「お前らどうやって!」
「見つかっちゃった!」
運悪くユーリたちは食事中の盗賊たちに視認される。
「逃げ足の速い奴らだ」
ダグラスが『抹消』によって壁に穴を空けて現れる。
「お前らのボスは元勇者ダグラスだ!」
「余計なことを」
「――――ボ」
ダグラスが盗賊たちを次々に消していく。
「今のうちだ!」
ダグラスは勇者だと言うことを盗賊に隠しているようだ。
苦肉の策だったがユーリたちは難を逃れた。
「ダグラスの目的が分からない」
「え?」
「世界を綺麗にすると言っていたけど、盗賊を引き連れている。まるで真逆だ」
アジトを闇雲に走りながら考えるユーリ。
たどり着いたのは巨大な螺旋状の階段。
頭上から差し込む月の光は、吹き抜けの底を照らす。
ユーリは絶句した。
「ゴブ……リン?」
ラルカがこぼした言葉の通り、底にはゴブリンがいた。
ただし、その数は千を優に越えている。
「なんだこれは」
「俺の軍隊だ」
不敵な笑みを浮かべダグラスが現れる。
「ゴブリン軍団で帝国を滅ぼす」
「ゴブリンが何体いようと帝国は落とせないぞ」
ユーリの言う通りだ。
なりたての冒険者も倒せるゴブリンがいくら集まったところで、訓練を受けた帝国兵を倒しきるなど不可能。
「どうせ死ぬお前らになら教えてやってもいいか。正確にはゴブリン軍団じゃなくオーガ軍団。いやもっと上位に進化させるつもりだ」
魔物の存在進化はそう簡単に発生しない。
オーガ軍団なんてあり得ないと思ったユーリは、すぐに考えを改める。
先刻、三体ものオーガに襲われたからだ。
「不思議そうだな?」
「いや、でもありえない。存在進化が多発するなんて――――っまさか!」
「勘がいいな。進化できない魔物は言わば鍵がかかった状態。どんなに経験を積もうが何を食おうが進化しない」
「その鍵を元勇者が『抹消』するっていうのか」
ダグラスの笑みは肯定を意味していた。
「帝国を落として何になるっていうんだ」
「俺は世界から汚物を取り除く。ことがすめば盗賊もオーガ軍団も全て『抹消』する」
「あんたの奥さんも汚物だったっていうことか? 自らの手で奥さんを殺したと聞いたぞ」
「黙れ!!!!!」
洞窟にダグラスの怒声が響き渡る。
ダグラスの表情は一変し、感情をあらわにする。
「エリザが汚物なわけがないだろうが!! エリザは、エリザだけが綺麗だった……なのに!」
――――――――二十五年前。
「よくぞ帰った勇者ダグラスよ。やはりお前の強さは眼を見張るものがある」
帝国からの重要任務を負えた勇者ダグラスは皇帝の前で跪き、称賛の言葉をあびている。
「勿体無いお言葉です」
慣れない敬語で謙遜し、続く皇帝の言葉を待つ。
「休暇がほしいといったな?」
「はい! 休暇を与えてもよいと!」
ダグラスは愛する妻との時間がほしかった。
誰よりも優しく、勇者の重荷に潰されそうなダグラスを理解し、ともに泣き、ともに喜んでくれる妻との時間が。
とめどない任務のおかげでもう二年以上妻に会えていない。
妻は「素敵な世界を守るあなたは自慢の夫よ」と、いつもダグラスに伝えていた。
しかし、世界を守るより妻と共にありたかった。
「お前は約束通り、敵国を二つ滅ぼしたな」
「その通りです」
ダグラスは皇帝と交渉していた。
どんな任務でも行う代わりに休暇がほしいと。
ダグラスは妻と旅をしようと目論んでいた。
(妻の好きなところへ行き、妻の好きなものを食べよう。洒落っ気のない妻に似合うアクセサリーを買ってやろう)
謁見の最中であるにも関わらず、妻との未来を想像し口もとを弛めるダグラス。
「ふむ、やはり惜しいな、お前の力は」
「は?」
「休暇はなしだ、私のために働け」
「そんな! 約束が違います! 私は妻とのっ」
「分かっておる。分かっておる。ここへ」
奥から兵士に連れられ、ダグラスの妻が現れる。
「エリザっ」
「ダグラスっ」
二年ぶりの再開。
混乱もあったがダグラスとエリザは見つめあった。
「殺せ」
王の一声と同時にエリザの胸部を槍が貫いた。
槍をつたい兵士の手もとから鮮血が滴る。
「これでよいだろう?」
ダグラスが言葉の意味を理解できないでいると皇帝が続ける。
「お前をたぶらかした女は殺したと言っておるのだ。これで休む理由はないだろう?」
呆然と話を聞くダグラスに話を続ける。
「そんなに女が好きなのであれば、適当な女戦士を任務につけてやろう。お前の好きにしても文句は言わさんからの、はっはっは!」
「あい……し……てる…………ラス」
エリザは途切れた言葉で思いを伝えると同時に事切れた。
「まだ生きておったか。さあ! 好みのタイプを言え。私は尻がデカイ女がタイブだ。はっはっは!」
「……る」
「は?」
「ぶっ殺してやる!!」
怒りのまま目の前の皇帝を殺し、止めに入った兵士も殺した。
「汚れた人間どもめ! お前たちはエリザの求める世界に必要ない! 消え去れぇええ!」
ダグラスは体力の限界を感じたころ、エリザの亡骸を抱え帝国から去る。
しかし、顔に涙の後はなく、絶対に怒りが風化することのないように憤怒を心に焼き付けていた。
生き残った皇族たちは、五代目勇者ダグラスの行いを脚色し吹聴する。
皇帝と城の者を殺し
自らの妻をも殺し
城の宝を奪い失踪した最悪の勇者として。
少しでも先が気になるとお思いの方はブクマにて唾をつけておいてください!
可能でしたら評価のほどもよろしくねがいします!( ・`д・´)




