02 スキルの獲得
行き場もなくフラフラと歩くユーリはギルドへたどり着いた。
「腹減ったな……」
逃げ出すためとはいえ報酬を貰っておくんだったと、ユーリは後悔する。
何せ金がないのだ。
「ユーリじゃねぇか! スキルどうだった? ってその様子じゃ通常――――いや、弱スキルだったか?」
蒼白した顔と地へ付きそうなほど落ちた肩をみて、ギルマスは儀式の結果を推察する。
「弱スキルでもD級を倒せる実力がありゃ充分じゃねぇか」
ギルマスは励まそうとするが、ユーリの心には響かない。
そもそも最も悲観しているのは、夢への道が絶たれたことだからだ。
「ありがとう。金がいるんだ。簡単な依頼ある?」
「そうだな、依頼に集中して嫌なことは忘れろ。ゴブリン狩りなんてどうだ、場所は西のダンジョンだ」
「西のダンジョンか」
「ダンジョンったってもう調べ尽くされたダンジョンだ。ちょいちょい湧く魔物を間引いてほしいって話さ」
西は昨日の轟音がした方角だと、不吉さを感じながらもユーリは依頼を受諾する。
「そうだ、最近冒険者の失踪が多いから気をつけろよ」
「どういうこと?」
魔物に敗北し亡骸が見つからない場合は失踪扱いになるため、冒険者の失踪はそう珍しいことでもない。
しかし、ギルマスが注意しているのは別要因での失踪だ。
「盗賊が潜んでるかも知れねぇ。確証はなんもないがな。ずっと捕まってねぇ盗賊がいるんだ」
「五代目勇者の話?」
「ああ、気をつけろよ」
「わかった。それじゃあね」
ユーリが去ったあとギルド員は残念そうに言葉を交わす。
「ありゃ、相当だぜ。勇者オタクが発動してなかった」
「可哀想に、弱スキルじゃこれ以上の活躍は期待できないね」
▽
▼
荷物を引き取ろうとユーリは家に帰ったが、家に入ることすら叶わなかった。
ゴウの命令によるものだ。
(何にもなくなっちゃったな……手持ちの金でなんとかするしかないか)
再び街へ戻り、ユーリは旅の道具を買い込む。
効率良く稼ぐため西のダンジョンに泊まり込む算段だ。
「馬車代をケチったのは失敗だったな」
旅費を抑えるため徒歩で西のダンジョンへ向かったが、到着までに魔物に襲われ、体力を消費してしまったことを反省するユーリ。
とはいえダンジョンの入り口にはたどり着いた。
後悔をしても体力は戻らないので、後悔を振り払い歩を進める。
ダンジョンへ入り三時間が経過しようとする頃、ユーリは嘆きの言葉をこぼす。
「なんにもいない」
魔物がいない、ただの一匹もだ。
痛すぎる誤算、金にならない。
無駄に時間と食料だけ消費したため、代替えの金策を練る。
「鉱石も見当たらないし、薬草でも摘んで帰るしかないか」
最悪を想定したその時、緑色の肌を鋭い爪でポリポリとかきながら現れた。
「ゴブリン!」
「ギィ?」
やっと会えた喜びから、つい声を発してしまうユーリ。当然気取られる。互いの距離は二十メートル弱。
暗闇に逃げ込むゴブリンを「逃がすまい」と追いかける。
ゴブリンが逃げ込んだ角に差し掛かった瞬間。
目に恐怖を浮かべたゴブリンの首が横切った。
ユーリは地面へ全体重を乗せ最大限の減速を行う。
しかし、目があってしまった。
黒く巨大な犬の体躯。左右に伸びる二つの頭は、四つの眼でユーリを睨み付ける。
「――――B級、オルトロス!」
調査済みのダンジョンにいるハズのない魔物。
ユーリの脚が震える。勝ち目はない。
「くそ! スキルさえあればっ」
踵を返し距離をとるユーリはハッと気づく。
「試してみるか! 『与えるもの』」
手頃な岩に触れ相手の頭上へ『与える』イメージをしたが何も起きない。
ユーリが与え損ねた岩を、オルトロスは器用に弾き飛ばしユーリを再び視認する。
「与えるにも条件があるのかっ」
スキルの初使用を試みたことにより、感覚で使用条件を理解する。コツを掴んだような感覚に陥るのだ。
『与える』には相手にメリットがあると、ユーリ自身が認識する必要がある。
先の大岩を与えられなかったのは、ダメージを与える結果に繋がり、オルトロスに一切のメリットが存在しないためだ。
ユーリは悔しさのあまり唇を噛む。
「っダメだ! 使いようがない!」
オルトロスは遊んでいた。
食べごたえのなさそうな人間が必死に走り回って岩影に隠れ、岩を軽くどかせると、驚いた表情をしている。
産まれて初めての光景に、好奇心が止まらない様子だ。
だが腹も減ってきたようで、娯楽よりも食欲を優先させ、ユーリを狩ることに決める。
前足を伸ばしユーリへ触れる――――すんでのところで止まった。
突如。口内に現れた旨味をオルトロスは咀嚼する。
「よし!」
ガッツポーズを作るユーリは、オルトロスの口内へ食料を『与えた』のだ。
お座りをしてモグモグと咀嚼を繰り返すオルトロスを尻目に、トップスピードでその場を離れるユーリ。
「なんとかなったか。オルトロスの出現報告ってお金になるのかなあ」
強力な魔物の出現報告は調査報酬が貰える場合がある。目の前の死を回避した高揚感から、状況も考えず金策を練ってしまう。
逃げきった。その油断は致命的だ。他事に想いを馳せ、気配の察知を怠ったものは報いを受ける。
ユーリが広い通路へと出たその時。
「またあったね」と言わんばかりのオルトロスと再び目が合う。
同時に屈強な前足がユーリを弾き飛ばす。
首が千切れそうなほどの勢いのまま壁に激突するユーリ。防御に使った左腕の骨は折れたが痛みを感じている場合ではない。
「うぐっ、回り込まれたのか!」
間髪いれず頭上から前足が迫る。
ユーリは両腕で防御。
「し、死ぬっ! ――――ぇ」
あまりの圧に潰されると感じた直後。
足場が崩れた。
昨日の地震で弱っていたのだ。
重力に逆らうこともできず、オルトロスに見下されながらユーリは深淵に沈んだ。