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01 追放宣言

よろしくお願いします!( ・`д・´)


「甘ったれるな!」



 朝日が差し込む領主邸の執務室に怒声が響く。


 三日は剃っていない不精髭をなでた男――ゴウは、その手で黄金の杯を傾けた。



「俺が勇者だった頃はなぁ、毎日強力な魔物と戦ったものだ。それをG級のゴブリン狩りだと? ユーリ、お前は勇者になる気があるのか?」 


「勇者には必ずなる。でも街道に被害がでているんだ、父さんがなんと言おうとやめないよ」



 日課の魔物駆除を咎められた少年――ユーリは眉にシワを寄せ前のめりに反論する。



「ゴブリン狩りなどギルドにやらせれば良い。お前は強力な魔物と戦い、力を身に付けろ」



 そう言い放ってグビグビと喉をならす。


 口からこぼれた酒はよれた高級な服に染みを作ってしまったが、ゴウは気にも止めない。



「ギルドだって慈善事業じゃないんだ、依頼がなきゃ動かないよ」


「……依頼ならだすつもりだった」


「そんな金ないだろ」



 黙り込んだゴウは、過去に勇者として名を馳せ、帝国から領地を与えられた。


 しかし、領主としての才は悲しいほどになかった。


 感情の向くまま政策を打ち出し、地は痩せ、民は離れ、挙げ句妻にも逃げられたのだ。


 お陰でゴウの財布事情は壊滅寸前。


 だからこそ息子を勇者に仕立て上げたい。



「とにかく俺は人助けを続ける。初代勇者ならそうする」


「初代初代と……少しは俺を敬ったらどうなんだ! くそっ!」


「はぁ、もう行くよ」



 勇者時代の報酬を切り崩しながらの生活は、元勇者のプライドをへし折るのに十分だった。


 情けない父親の姿を見ていられずユーリは席をたつ。



「くそっ! 俺にはもう、お前とこの杯しかないんだよ……」



 ユーリの退室後。


 再び黄金の杯をあおったゴウは、不気味に愉悦を浮かべた。






 部屋を後にしたユーリは、その勢いのまま冒険者ギルドへ向かう。



「よし、今日の小言は終わり! 早く街道警備の依頼をしておかないと」



 ユーリは明日、大事な予定があり日課のゴブリン狩りが出来ない。


 そんなときは冒険者ギルドに依頼の一択だ。



「手持ちはいくらだったかな」



 ボロボロの財布を開き貨幣を数えるユーリには、魔物素材を売って貯めた金がある。


 雀の涙だが数回分の依頼なら可能だ。



「『新・勇者冒険譚』は諦めるか……」



 ユーリは楽しみにしていた本の購入を断腸の思いで諦める。


 幼い頃から勇者の物語が大好きで、特に初代勇者へ強烈な憧れを抱いていた。


 明日で十六歳になるが、その想いは熱を増すばかり。


 端的に言えば勇者オタクだ。



「勇者になれば本の一冊くらい買ってもらえるかな? いや、期待は禁物か。あー読みたい読みたい読みたい読みたい」



 クネクネと奇妙な動きをするユーリだったが、背に腹は代えられないと、足早にギルドへ向かった。




 ▽

 ▼




「今日はユーリのやつが来るらしいな!」


「明日はスキルの儀だからねぇ」



 街の南に位置する冒険者ギルドでは、昼間から顔に傷を持つ男女が酒を流し込みユーリの話をしていた。



「にしてもユーリの強さは本物だぜ」


「八歳でG級のゴブリンを蹴散らして、二年後には群れを相手にしてたって話でしょ?」


「E級の素材を持ち込んできたのは十三歳の時だったなぁ」


「そういえば今年に入って、D級のホブゴブリンと互角に戦って勝ったらしいわ」


「そりゃ運良かったって聞いたぜ?」


「それに中々可愛い顔をしてるわ」


「そりゃ関係なくないか?」


「可愛さは強さよ」



 ユーリの武勇伝が語られる。全て真実だ。


 E級の魔物をを倒した辺りから「ものすごい子供がいる」と冒険者たちが噂するようになった。


 噂のユーリはギルドに入るやいなや鼻をつまんだ。



「酒くさっ」


「おお! ユーリじゃねぇか!」



 ギルドに併設された酒場からの酒気に怯んだが、酔っぱらいに絡まれまいと声を無視して受付へ向かうユーリ。



「あれ? 今日はギルマスが受付してるの?」


「たまにはバカどもの顔もみてやらんとな! ハッハッハ! おーい、誰かユーリに飲みもん用意してやれ」



 ギルドマスターの略語で呼ばれたガタイの良い男は豪快に笑う。



「バカどもって……またケンカしないでよね。止めるの大変なんだから。それより依頼を出してほしいんだけど」


「ふふん。街道警備だろ? E級冒険者二名以上の。もう手配済みだよ。明日はお前の運命が決まる日だ、金はサービスしてやるよ」


「気持ちは嬉しいけど、ちゃんと払うよ」


「いいって、誕生日プレゼントだとでも思え。それより明日頑張れよ。スキルの儀」



 スキルの義――――十六歳になると協会で受けるスキルを授かる儀式。

 

 明確な線引きこそないが、スキルの強さは大きく分けて三種だ。


 努力次第でたどり着ける、弱スキル。

 努力ではたどり着けない、通常スキル。

 通常スキルを圧倒する、強スキル。


 勇者と認定されるには強スキルが必要とされている。



「ありがとう。じゃあ今回は甘えるよ。頑張りようはないけどね」



 ユーリは慣れない応援を受けて、照れくさそうに頭をかく。



「勇者みたいに~ってか?」

「おい、バカっ」



 ギルマスの迂闊な発言に、冒険者は横槍を入れたが遅かった。


 ずいっと身を乗り出したユーリの唇が高速開閉をはじめる。


「そうその通り! 特に初代勇者は素晴らしくも恐ろしいゴーレム使いでね! 幾多のゴーレムで魔物の軍勢を蹴散らしたんだ! でも――」


「ユーリのスイッチが入ったぞ! 誰か止めろ!」



 ユーリの勇者オタクはギルドで有名であり、勇者の話を振ってはいけない暗黙のルールだ。


 話が進みだすとギルドはユーリの独壇場と化し、逃げることは許されない。


 勇者の話を聞かせないなんて、心優しいユーリには出来ないからだ。



「ユーリ! 勇者の話はまた今度聞かせてくれ! スキルの話を続けよう!」


「え? もういいの? 初代勇者の追放劇は真に迫るものがあるのに? 二代目の伝説も聞き応えが」


「わかったわかった。もう二十回は聞いた。勘弁してくれ」


「えー、面白いのに」



 不満げに唇を尖らせるユーリ。


 ナチュラルに話を引き戻そうとするユーリを止めたギルマスは、周りからの冷ややかな視線を浴びながら、話を進める。



「何の話だったか。あぁ、スキルだスキル。強スキルじゃなくても、落ち込むんじゃねぇぞ? 勇者なんざ肩書きだ」


「いや、絶対勇者になるよ」



 ギルマスはユーリの父親が元勇者であることもお構いなしにアドバイスをする。


 しかし、ユーリは揺らがない。


 ギルマスとユーリの意見が平行線となったところで、ギルドの奥から金髪少女がフラフラと飲み物を持って来る。


 ギルマスの娘だ。



「ユーリさまぁ、ジュース持ってき――きゃあっ」



 変形した床板の段差につまづきバランスを崩した少女。飲み物は宙を舞い、広範囲に床を濡らした。


 一方で床へ倒れ込むハズだった少女の身体は、ユーリの腕に抱えられている。



「大丈夫だよ。一緒に掃除しよう」

「……うん」



 目に浮かぶ涙をみたユーリは、少女の不安を打ち消す言葉を発する。


 少女は涙を引っ込め掃除道具をとりに行った。



「わりぃな!」


「ギルマスも手伝うんだよ?」


「そうだな、暇人ども雑巾をとれ!」



 飲んだくれている冒険者の肩をつかむと野次が飛ぶ。



「暇じゃねぇっての!」



 嫌だ嫌だと言いながらも結局手伝う冒険者たち。


 最初から手伝う気でも、とりあえず文句を言うのが冒険者流だ。



 こぼれた液体を拭き取り。


 凸凹だらけだった床の修繕までしてしまった。



「よっしゃ、終いだ! 酒でも飲むか!」


「そりゃ良い! もちろん奢りだよなギルマス!」


「…………」


「ユーリさまぁ、ありがとう!」


「大丈夫っていったろ?」


「うん!」



 少女は満面の笑みを浮かべ、ユーリもつられて口元をゆるめる。



「それじゃ、そろそろ帰るよ」


「おう! 勇者になっても来てくれよな!」


「はは、当たり前だろ」



 軽口を交わしユーリは帰路へつく。


 その時。足元に違和感を覚えた。と同時に西方から轟音が響き、地面が揺れる。



「な、なんだ」



 地震はすぐに治まった。


 音のした西方に目をやるユーリだったが、特段の変化は確認できなかったようだ。


 短く強烈な揺れは言い様のない不安となりユーリを襲う。



「いやな感じだ」



 不安に襲われながらも浮いた依頼料で『新・勇者冒険譚』を買って帰宅した。



「初代勇者の活躍が記されるファン必見の1冊! 今日は徹夜かな~ぐふふふ」



 不気味に歪んだユーリの顔は、とても勇者と呼べる代物ではなかった。



 念のため地震を父親に報告するユーリだったが、ギルドへ行ったことと、不気味な顔をしていることが原因で、本日二度目の小言を頂戴した。




 ▽

 ▼




 地震があった次の日。



「そういえば父さんは宝物庫から何を選んだの?」



 ユーリはスキルの儀を受けるため教会へ向かう途中に質問を投げた。



「お前そんなことまで知っているのか、……秘密だ」



 『新・勇者冒険譚』に記載があった新事実。勇者になると特殊な力を持った宝を一つ貰えるらしい。


 正直眉唾だったがカマをかけた反応から、事実だとユーリは判断する。



「それに勇者になれば分かる。持ち出しの記録が見られるからな」



 機嫌のいいゴウはカマをかけるまでもなく、ペラペラと語るが、ユーリは失礼にも物思いにふけっていた。



(初代は何もらったのかな~、知りたいぃ~)



 しばらくして教会へ辿り着くと、教会関係者だろうか、黒の祭服を揺らしながらゴウへ近付く男が一人。



「ゴウ様、おはようございます。ついにご子息様が十六歳になられましたか」


「ああ、優先して儀式を受けさせてくれないか?」


「そ、それは――」


「父さん、結果は変わらないんだし、ちゃんと並ぼうよ」


「それもそうか」



 珍しくユーリの意見を聞き入れると、ゴウは立会人の席に腰をおろす。


 立会人の席からは祭壇へ続く列が見える。


 ユーリと同じスキルの儀を受ける子供たちが不安と期待を目に浮かべ列を成している。


 ユーリも同じように列の最後尾につく。


 前には三人の子供が並び、順に儀式の結果を告げられる。



「スキルは、夜目。弱スキルです」


「スキルは、跳躍。弱スキルです」


「スキルは、硬化。通常スキルです」



 肩を落とす子もいれば、泣きながら抱き締め会う親子もいる。


 ここは人生の分岐点。



「ご子息様、こちらへ」


「はい」



 祭服の声に従い、ユーリはゆっくりと壇上へあがる。


 ゴウは手を重ね祈りを捧げている。



「頼む頼む頼む頼む」


「では、はじめます」



 元勇者の息子のスキルは何かと、ギャラリーも前のめりになる。


 その中にはギルド員の顔もあった。ユーリのファンだろう。


 ユーリは片膝をつき、垂れた頭に祭服の男がおもむろに手をかざす。



「おお! この輝きは!」



 神父の持つ聖書が輝き始め文字を刻む。



「結果は!? 見せろ!」



 ゴウは壇上へあがり聖書を引ったくる。



「――――あ、『与えるもの』?」


「儀式の途中ですぞゴウ様」


「なんなんだこのスキルは!」



 祭服の男は呆れた様子で聖書に向き直る。



「どれどれ……記録にありませんな、史上初のスキルです。効果は『自らの全てを与えることができる』だそうです」



 ゴウは膝から崩れ落ちる。



「……ずが」


「父さん? ほら立たないと」



 ユーリが差し出した手を全力で弾くゴウ。



「役立たずが!! 私に触れるな!」



 ゴウの恫喝に教会の空気が凍りつく。



「与えるだけだと? 自らの力にならんスキルなど聞いたこともないわ! 弱スキルですらないではないか! ゴミスキルだ!」



 人目を憚ることなく怒声は撒き散る。


 あまりの激昂ぶりにギャラリーも圧倒され言葉がでない。



「ユーリ、お前は追放だ! お前にくれてやる飯はない! 二度と勇者の息子を名乗るんじゃないぞ!」


「そ、そんな!」



 訳の分からないスキル、破れた夢、そしてトドメの追放宣言。ユーリの顔に混乱の二文字が浮かぶ。



「おい、スキルの発見者には報酬がでたハズだ! それは私のものだからな!」


「いえ、それは発現者。つまりご子息様への」


「このゴミをここまで育てた私には、当然受けとる権利がある!」



 ゴウは即座にユーリを切り捨て、報酬に飛びついた。


 ゴミと称されたユーリは頭の整理がつかず、この場から逃げ出すことだけを考えていた。



「構いません。父──ゴウ様へ差し上げます。気分が優れないので俺は失礼します……」


「よし! なんとか、これでなんとか食いつなげる。だが、これからどうすればいい!?」



 ユーリはトボトボと教会を後にする。


 しかし、パニックに陥ったゴウの視界は、もはやユーリを映してはいなかった。


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