未熟な私と半端な君の共同作業
「今井さん、絵はすっごく良いんだよ。本当、同年代どころか他の先生と比べても負けてない」
目の前の女性、清水さんはそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。
眼鏡を掛けて、スーツをきっちりと着こなす姿は大人らしくて格好いい。
「でもねぇ、ストーリーがね……」
「やっぱり、今回も良くないですか?」
「うん、ぶっちゃけると壊滅的。まず最初のページだけど、ナレーションでの説明が多すぎる。それから――」
歯に衣着せぬ言い方に、気分が一気に沈む。
でも、はっきりと言って貰える方が有難かった。
清水さんの言葉を一つ一つ、丁寧にメモしていく。
「――分かりました。言われたことを見直して、また書きます。……次も見て頂けますか?」
「もちろん、待ってるから。自分が納得するものを書いてきてね」
「はい! ありがとうございます」
私は清水さんにお礼を言うと、テーブルに置かれた原稿を纏めて鞄にしまい、席を立った。
外に出て、少し歩き出した所でため息が自然と漏れた。
「はぁ、また駄目かぁ」
嘆いたのは先程のやり取りについて思い出して。
私は自分で書いた漫画を担当の編集さんに見てもらっていた。
結果は、先程の会話の通り。絵は良いけど、ストーリーが不味い。もはや聞きなれたお決まりの文句だ。
何度言われて、何度修正しても一向にオーケーが貰える気がしない。
でも、嘆いていても何も変わらない。
今回言われたことを次に活かさないといけない。
気合いを入れ直して、頭の中に作品を思い浮かべながら、私は家に帰った――。
「――で、書き直した作品がこれなの?」
「うん。ぜひ読んでみて、りっちゃんの感想を聞かせて欲しいの」
三日後、自分の通っている高校にて。
書き直した原稿を友達のりっちゃんに渡しながら、私は言った。
「別にいいけど、私じゃ役に立たないと思うよ?」
「そんなことないよ! だから、お願い」
両手を合わせて、りっちゃんへと拝んだ。
りっちゃんは何も言わず、原稿に目を落とし、読み始めた。
真面目に読んでいる姿は、もともとの端整な顔立ちと相まって凄く絵になる光景だ。
心にりっちゃんの姿を焼き付けつつ、私は静かにりっちゃんが読み終えるのを待つ。
「……うん、まぁ面白くは無いね」
「うっ。まだ駄目かぁ。……はぁ、どこが悪いかって分かる?」
「何か読んでても盛り上がらないんよね」
悩みながら説明しようとしてくれるが、りっちゃんの言葉は要領を得ず曖昧だった。
「うーん、ごめん。上手く説明できないや」
「ううん、ありがとう。とりあえず駄目だってことは分かったから、もうちょっと頑張ってみる」
りっちゃんは何かを読んで感想を伝える、という行為が苦手だ。
そのことは理解しているので、上手く説明できないという答えにも納得する。
原稿を返しながら謝ってきたりっちゃんに、お礼をしっかり伝えた。
「私だけじゃなくて、他の人にも読んでもらって感想貰ったら?」
「嫌だよ。感想くれるなら、誰でも良い訳じゃないんだから」
「ふーん、そんなもんなの?」
「そんなもんなの!」
まだ面白くも無い作品を読まれるなんて冗談じゃない。
他の人にはきっちりした作品になってから読んで貰いたい。
「りっちゃんだから、読んで貰いたいんだもん」
「お。突然のデレ、頂きました。さくはやっぱり可愛いねぇ」
「ちょっ。やめてよぉ」
そう言って、りっちゃんが頭を撫でてきた。
私は笑いながら、その手から逃れるように身をよじる。
本気で拒否している訳では無いので、りっちゃんの手は中々離れなかった。
「そういやさ。隣のクラスに小説家がいるらしいよ」
「小説家? 目指している人がいるの?」
「ううん、ガチの小説家。白木涼、だったかな。なんか、中三の時に何かの賞を取ったらしいよ」
ひとしきりじゃれた後。りっちゃんが思い出したかのように告げてきたのは、この学校に小説家がいるという話だった。
「へぇ、凄いね」
「うん、凄いよね。でさ、白木君にだったら読んでもらっても良いんじゃない?」
「えー、何で?」
「いや、だって漫画も小説も同じ創作活動だしさ。絵のことは分からないだろうけど、お話の作り方なら分かるんじゃないの?」
言われてみると、なるほどと思った。
むしろ、絵についてとやかく言わることはないだろうから、余計なことも言われずに、しっかりしたアドバイスが貰えるかもしれない。
だけど――。
「どんな人か分からないのに、読まれるのはちょっとなぁ」
「まぁ、そうなるよね。それができるなら私以外の人に、とっくに読んで貰ってる訳だしね」
「うん。りっちゃん、いつもありがとね」
「いえいえ」
現時点でどんな人か分からない。見ては貰いたいが、デリカシー無く批評されるのも怖い。
自分のことを気にかけてくれたりっちゃんにお礼だけ言って、その場での話は終わった。
漫画家になろうと思ったのが、いつからなのかは覚えていない。
最初は好きな漫画のキャラクターを描くだけだった。
きっかけは、その絵を褒められたことだった。
自分が描いたものを認めて貰えたことが嬉しくて。調子に乗ってもっと描いた。続けるうちに漫画家になることが夢になっていた。
色んな人の漫画を参考にして、沢山練習で描いた。
そして、一年前。高校に入った時に応募したとある出版社のとある賞で編集賞を頂いた。その時のコメントも『絵に光る物を感じる、今後に期待したい』と、絵を褒めて貰えた。
担当がついた時は有頂天になったものだ。
でも、そこからが茨の道だった。
書いた漫画は悉く、ストーリーが面白く無いと言われた。
他の漫画を参考にしたら露骨にパクったような内容になり、自分なりに考えたら面白くないと言われる。
どうしようもない中、それでも漫画家になる夢を諦められず頑張っているのだが。いったい、どうすれば良くなるのか分からない。
授業中も。 学校が終わって、帰宅している時も。
あーでもない、こーでもないと色々考える。
「……そう言えば、隣のクラスに小説家がいるんだっけ」
悩みながら歩いているとき、ふと、りっちゃんの言葉を思い出した。
自分の作品を見て貰うのは恥ずかしい。だけど、プロの小説家だという同級生が、どんな小説を書いているのかは気になった。
その足でそのまま本屋へ寄り、小説が置かれた棚に行く。
「しまった。名前、聞いておけば良かったな」
本名は聞いたけど、ペンネームは聞いていなかった。
りっちゃんに聞こうかな。
いや、先に調べてみよう。中学生で賞を取ったのなら、ネットでも話題になっているかもしれない。
「えっと……白木涼、小説家……あ、あった」
スマホを取り出し、検索すると簡単に引っかかった。同姓同名で、賞を取った年齢も同じなので、まず間違いない。
やはり、それなりに話題になったようだ。
「へぇ、本名で書いてるんだ……『探偵のいない放課後』、ね」
作品名を確認して、棚を探すと目的の本は簡単に見つかった。
私はその本を手に取ると、購入して家に帰った。
*
「ごめん、白木君はいる?」
翌日の昼休み、私は昨日買った本を手に、隣のクラスにやってきた。
入口の傍にいたクラスの人に白木君のことを尋ねる。
彼は窓際、一番後ろの席でご飯を食べていた。
「ねぇ、白木君だよね?」
「そうだけど、誰?」
近づいて話しかける。
顔をあげた彼に不思議そうな顔で聞き返された。
私はその顔をまじまじと見る。
一重まぶたに切れ長の目。髪はしっかりと整えられており、眼鏡をかけていることもあって、真面目そうに見える。
あの小説の作者として、イメージに近い風貌に少し安心する。
と、いけない。用件を伝えないと。
「私は隣のクラスの今井さくら。ねぇ、白木君がこの本を書いたんだよね?」
「……うん、そうだよ。それで?」
持ってきた本を見せると、白木君の表情が曇った。
返事の言葉にも、どこか刺々しさがある。
自分の作品のことを目の前で語られるのが嫌なのか、それとも人前で騒がれるのが嫌なのか。
分からなかったので、私は声を落として尋ねた。
「ごめん、この話あまりしたくなかった? それとも場所を変えれば大丈夫?」
「……いいよ別に。ここで」
いいよと言ってるが、表情は良くなさそうだ。
だからと言って引くわけにはいかないので、構わず続ける。
「白木君の本、読んだの。すっごく面白かった」
「それは……ありがとう」
感想を伝えると、白木君の表情が少し緩んだ。
「それでね。お願いしたいことがあって……」
「お願い?」
白木君が、今度は顔を少し強ばらせ。
「うん。あのね……私にストーリーの作り方を教えて欲しいの!」
「……え?」
最後には呆けた顔になった。
小さいながらも、くるくる変わって可愛い。
いや、男子に可愛いは失礼か。
そんなことを考えながら、私は白木君に事情を話した。
漫画を描いていること。
まだプロにはなってないけど、編集さんに見てもらってること。
そして、ストーリーの作り方が壊滅的に下手くそなこと。
「――ストーリー作りに悩んでたら、白木君のことを知って」
「僕のことを?」
「うん、それで本を読ませてもらったんだけど――」
同じ歳でプロになった同級生がどういう本を書いたのか気になる。
それぐらいの感覚で読み始めたのに、気付けば通しで一冊読み終えていた。
導入から惹き込まれて。続きが気になる引き。怒涛の展開からの、どんでん返し。
どこを取っても、面白くない所が無かった。
比べたら、自分の作品なんかミジンコ以下だ。
「だから教えて欲しい、と」
「うん。いきなりで図々しいのは分かってる。でも、お願い!」
どんな人か分からないのに読まれるのは怖い。そんな感情が消え失せる程に、白木君の小説は衝撃的だった。
この人に、ぜひとも教わりたい。
そんな想いで、顔の前で手を合わせて、頼み込む。
「……とりあえず描いてる漫画、読ませて」
「っ! ありがとう! 今から……はもう時間無いか。ね、放課後は時間空いてる?」
白木君が少し迷った素振りを見せた後、ひとまず読んではくれると言った。
私は、善は急げとばかりに今日読んで欲しいと告げた。
「う、うん。空いてるよ」
「じゃあ、放課後に持ってくるね!」
戸惑い気味な白木君にそう告げると、私は自分のクラスに戻った。
午後からの授業をおざなりに受けて。
放課後になると鞄を持って、りっちゃんと一緒に再び白木君のクラスへと向かった。
彼は昼休みと同じく。窓際、一番後ろの席に座っていた。
「白木君、お待たせ」
「いや、大丈夫だよ。……そちらは友達?」
「そうだよ。りっちゃんって言うの」
「宮下りえ。よろしくね」
「僕は白木涼。こちらこそよろしく」
二人が話している間に鞄から、自分が書いた作品を取り出す。
「白木君。早速で悪いんだけど、お願いできる?」
「うん、それじゃあ読ませてもらうね」
作品を渡すと、白木君は読み始めた。
ゆっくりと紙を捲る姿を見ながら、黙って待つ。
白木君は時折、何かを考えながらゆっくり読み進めていった。
やがて、全部を読み終えた白木君は顎に手を当てて考え込む姿勢を取った。
緊張しながら、彼の言葉を待っていると。
「――絵は凄く綺麗だね」
言われ慣れたお決まりの答えがきた。
「うっ。あ、ありがとう。やっぱストーリーが酷い?」
「そうだね……僕が書くのは小説だから、直接当てはまるかは分からない。だから、ただの感想として受け取って欲しいんだけど……」
白木君がこちらを見ながら言い淀んだので、大きく頷いた。
「お願い。思ったことをずばり言って欲しい」
「分かったよ。……とりあえず必要の無い説明が多くて、必要な説明が足りてないかな」
そう言って白木君は、作品の頭から順にダメ出しをしていった。
結構な言われようにへこみながら、全部メモしていく。
「――以上かな。漫画の技法とかは分からないから、あくまでストーリーに関してのみの感想だけど」
「ありがとう。……ね、白木君はさ。お話を考える時って何を意識してるの?」
「そうだね……僕は話の流れかな――」
白木君が感想を言い終えたので、今度は私が聞きたいことを質問していく。
とりあえず漫画を読むだけ、と言っていたけど、白木君はしっかり答えてくれた。
「ふんふん。……ありがとう! 言われたこと意識して描いてみるから、また読んでくれないかな?」
「……まぁ、いいよ」
取ったメモを見直した後、また見て欲しいとお願いしたところ、白木君からはオーケーを貰えた。
私とは今日会ったばかりなのに、凄く良い人だ。
「よし。めっちゃ、やる気湧いてきた。りっちゃん、行こ! 白木君、またね!」
私は鞄を持つと、りっちゃんと一緒に教室を出た。
これが、私と白木君の最初の繋がりだった。
それから私は、漫画を描いては白木君へと見せる日々が始まった。
見せる度に感想を貰い、それを元に修正する。
見てもらってばかりなのも悪いので、会いに行くたびに白木君にはお菓子やジュースをお礼として渡した。
最初はお金を払った方が良いかと思ったのだが、白木君にはいらないと強く言われてしまったため、その代わりとして、毎回持っていくことにしたのだ。
そうやって何回も見てもらうことで、私の作品は確実に良い方向へと改善されていった――。
「――はずなのに、どうしてまだ面白く無いのかな?」
「うぅ、分からないよぉ。りっちゃん助けて〜」
りっちゃんが私の作品を読みながら、ため息を吐く。
つられて、私もため息も吐いた。
今、私はりっちゃんに作品を読んでもらっていた。
白木君に見てもらえるとはいえ、私の読者第一号はりっちゃんだ。だから、りっちゃんには毎回読んでもらっている。
そして、その読者第一号りっちゃんからの感想は、やはり面白く無い、だった。
白木君に改善点を教えて貰って、直すべき所は直したのだけど、そうすると別の問題が見つかってしまったのだ。
――そもそものお話が面白く無い。
どうやら、私にはストーリーを作る才能が壊滅的に無いらしい。
「どうやったら、面白い話がかけるのかなぁ」
「それを白木君に教えてもらってるんじゃないの?」
「そうなんだけど〜」
机に突っ伏しながらボヤくと、りっちゃんから疑問の声が降ってきた。
確かに、白木君には教えて貰っている。
小説家目線で分かりにくい表現を指摘してもらったことで、だいぶ読みやすくはなったと思う。
でも、そのせいというか、おかげというか、無駄な部分が取り除かれた結果。お話のつまらなさが目立ってしまったのだ。
「何か、面白く描ける方法は無いかなぁ」
「んー、私からは何も言えないしなぁ。誰か、他の人の作品を参考にするとかは?」
「……それはパクリにならない?」
「そのまま使ったら、パクリになるけど、参考にする分にはいいんじゃない? ほら、異世界転生ものとか、似てるようで違うじゃん」
「なるほど」
りっちゃんに言われていくつかの作品を思い出す。
確かに話の枠組みや展開が似ているけど、内容は違う作品はある。
私が何かを参考にすると、まんまパクリっぽくなるけど。そういった作品と同じように、内容は違うと言い張れば良いのだろうか。
「参考にする……かぁ」
自分が参考にしたいのはどういう作品だろうか。
真っ先に思い浮かんだのは白木君だった。
彼の作品は小説で、漫画とは媒体が違うけどとても面白かった。
あんな作品を私も描きたいと思ったのだ。
「いや、無理。丸パクリしても、あれと同じぐらい面白い漫画は描けないって」
「ん。何が?」
「何でも無いよ」
盛大な独り言だったため、りっちゃんには何でも無いと答えて、ため息を吐いた。
「……そう言えば、白木君って他にどんな作品書いてるんだろ」
「他の作品?」
「うん、デビュー作以外のやつ。本屋には無かったから」
白木君が賞を貰ったのが一年前。結構経ってるけど、デビュー作以外の話は書いてないのだろうか。
「今書いてる途中なんじゃない? 知らないけど」
「なのかなぁ」
他に書いてるのであれば、ぜひとも読んでみたい。
私は放課後、白木君の元へ行くと直接尋ねてみた。
「他の作品?」
「うん。白木君の本、凄く面白いから参考にしたくて。今出してるのって一冊だけなの?」
「あぁ。そういうことか……今出してるのは一冊だけだよ」
「そうなんだ。新作出したら教えてね」
そう言うと、白木君の表情が少し曇った。
「新作は……出せないと思う」
「えっ、何で!?」
続く言葉に驚く。
新作が出せないってのはどういうことだろう。
一冊目が売れてなかった?
いや、ネットで調べた時の評価は高かった。売れてないなんてないはずだ。
理由が分からず尋ねた私に、白木君はしばらく躊躇って。それから口を開いた。
「視線恐怖症って知ってる?」
「周りの視線が怖いってやつ? 詳しくは知らない」
「まぁ、そんな感じだね。だいたい合ってるよ。……僕が書けないのはそれに似てるかな」
まだ理解できてない私に、彼は更に続けた。
一年前、賞を取って以降。彼は周囲から期待されるようになった。
次回作、楽しみにしてます。
先生のファンになりました、これからも期待しています。
そういった感想が嬉しい反面、彼にとってプレッシャーとなった。
次も面白い作品を書かないと。期待に答えないと。
その想いは書き進める程に強くなり。しまいには今書いてるものが面白いのかどうか分からなくなってしまう。
「――自意識過剰だってのは分かってるんだけどね。駄目なんだ。書こうとすると、どうしても意識してしまった書けなくなるんだよ」
自嘲気味に笑う白木君。
要はファンの視線が気になって書けない。ということなのだろう。
私は理由を知って呆然とした。
「……ごめん。そんな状態なのに、遠慮無しにに聞いて」
「大丈夫だよ。知らなかったことだしね」
そう言われると、何も言えなかった。
結局、この日は白木君とは話をしただけで解散した。
何となく、自分の作品を見せるのが申し訳無く思ってしまったのだ。
そして、翌日以降も自分の作品を持っていくのは躊躇ってしまう。
白木君も小説が書けなくて悩んでいるのに。
私ばかり白木君に甘えて負担になってしまっていないか。今更になって、その想いが強くなってきた。
これからは白木君には頼らず、頑張ろう。
そう考えるまでに、時間はかからなかった。
これまでに学んだことはしっかりと身につけて。ここからは自分の力でやるんだ。
そして、白木君に胸を張って、面白い漫画が描けたと報告するんだ。
そう決意すると、私は再び漫画制作に取り掛かった。
名作と呼ばれる漫画を読んでストーリー展開を追ってみたり。
自分なりに色々と考えながら、話作りを考えた。
――結果。
「ダメだ~。分かんない」
「諦めんの早いね、おい」
私は机に突っ伏しながら、投げ出した。
りっちゃんのツッコミが心に痛い。
「他の作品読んでも、何で面白いのかが分かんないよ」
「重症じゃん」
だいたい、元からお話を作るのが下手くそなのだ。
ちょっと参考にしたぐらいで上手くなるはずが無いではないか。
心の中でボヤきながら、私は大きなため息を吐いた。
「白木君にアドバイスは貰わないの?」
そんな私に、りっちゃんが尋ねてくる。
最近、白木君に会いに行ってないことはしっかりとバレているようだ。
りっちゃんには白木君が小説を書けないことは伝えていない。
彼個人の情報をあまり言いふらすべきことじゃ無いと思ったからだ。
当然、今も本当のことを伝えるつもりは無かった。
「うん。頼ってばっかで迷惑かけすぎるのも悪いから。自分で頑張ろうかなって」
少し悩んでから、曖昧に答える。
その言葉にりっちゃんが苦笑した。
「今更だね。何? 喧嘩でもしたの?」
「そんなんじゃないよ! ただ、本当に悪いなって思っただけだよ」
「ふーん、そっか」
りっちゃんはたぶん、私と白木君の間に何かがあったことには気づいている。
でも私が否定すると、それ以上は聞いてこなかった。
話したくないっていう、私の気持ちも察してくれているのだ。
適度に距離感を守ってくれる所が凄く有り難い。
「白木君も満更じゃ無さそうだったけどね。勿体ないけど、それじゃあ仕方ないね」
机に突っ伏したままの私の頭を撫でながら、りっちゃんが言う。
「で、これからどうするの? 全然良くなる気がしないけど」
「そこなんだよなぁ。どうしよ〜」
自分の力ではやっぱり限界があることは思い知らされた。
でも、白木君にはあまり頼りたくない。
「もういっそ、SNSとかでお話募集しちゃえば? 漫画にさせてくれるお話募集ってすればパクリにはならないでしょ」
「いや、それは絶対にトラブルの元になるよ……」
「だろうね」
悩んでいると、りっちゃんが危ない提案をしてきた。
趣味で描くならまだしも、プロになるために描いてる漫画でそれは流石に不味い。
りっちゃんも冗談で言ったようで、私が否定するとすぐに同意した。
その後も二人で色々と意見を出しあったが、しっくりくるものは無かった。
焦りを覚えるも、思うように捗らずに日々が過ぎる。
そんな、ある日の事だった。
「――今井さん、宮下さん」
学校からの帰り道をりっちゃんと歩いていると、白木君に声をかけられた。
「白木君じゃん。おひさ〜」
「こ、こんにちは?」
「何で疑問形なの」
私の不自然な挨拶に、白木君が笑う。
「最近、あんまり来ないけど調子の方はどう? 上手く描けてる?」
「あー、うん。調子は…良くないかな?」
「いや、だから何で疑問形なの」
再び、白木君が笑う。
最近、少し避け気味だったので一瞬戸惑ったのだが、白木君自身には気にしてる様子は無さそうだ。
少し、ホッとした。
「いや、やっぱり私にはお話を考える才能が無いのかなぁって」
「そうなんだ……僕で良ければ感想は伝えるから、また見せてよ」
「あ、うん。あ、ありがとう」
あんまり迷惑をかけたくないという想いもあって、返事に詰まると。
「ん。どうしたの?」
「いや、えーとね」
白木君は直ぐに気づいて尋ねてきた。
正直に言うのもどうかと思い、言い淀む。
「さくはねぇ。白木君にこれ以上、迷惑かけたくないんだって」
「ちょっ、りっちゃん!」
どう返そうかと悩んでいると、りっちゃんに暴露された。
「そうなの?」
「あー、いや。……うん、いつも押しかけてばっかで迷惑かなーって」
慌てて止めようとするも、既に白木君は聞いてしまっていた。
今更取り繕うのもかえっておかしいので、諦めて正直に伝える。
「ありがとう。でも、気にしないで大丈夫だよ」
「で、でも白木君だって自分のことで大変なんじゃ……」
横目でりっちゃんを見ながら言う。
りっちゃんには白木君の事情を伝えてはいない。
だから、言葉も遠回しなものになってしまう。
まさか伝えなかったことが、ここで裏目になるとは。
りっちゃんは私のことを考えて、発言してくれただけなので何も言えない。
どうしようかと悩んでいると、白木君が笑った。
「今井さんの漫画を読ませてもらうのは全然負担にはなってないよ。むしろ、息抜きになってちょうどいいぐらいだよ」
頬をかいて、照れながら白木君が言う。
その気遣いが嬉しくて。
目が滲んでくる。
――何で?
何故涙が出てくるのか自分でも分からなかった。
「ちょっ。今井さん大丈夫? え、僕何か酷いこと言った?」
大丈夫と言いたかったが、言葉にすると嗚咽が漏れそうで喋れなかった。
「――そうだねぇ。白木君は酷いこと言ったね」
「ち、ちがっ。……そうじ……な」
突然、そんなことを言ったのはりっちゃんだった。
驚いたけど、泣くのを我慢しているので、その言葉をうまく否定できない。
「え、本当に!? 今井さん、ごめ――」
「だから、責任取ってしっかり慰めてあげてね」
りっちゃんに背中を押された。
「え、宮下さん?」
「私は用事があるので先に帰るよ。それじゃあ、後はよろしくね!」
いや、そこで押し付けられても白木君が困るよ。
そう言いたかったが、口を開く前にりっちゃんは行ってしまった。
早く泣き止まないと、白木君が困ってしまう。
いや、既にどうしようか困ってる雰囲気がする。
「白木君、ご、ごめ……すぐ、なき……やむから」
口を開いたらやっぱり、ちゃんと言葉にすることは出来なかった。
もどかしい思いで、目尻の涙を拭っていると。
「……無理しなくていいよ。ゆっくりでいいから」
その言葉と一緒に背中をぽんぽんと叩かれた。
おずおずとした様子で、優しく。
嫌な気持ちはしなかった。
その気遣いが伝わってきて、その優しさが嬉しくて。
――そっか、だから私。
泣いてしまった理由が、何となく分かった気がした。
そんな私が泣き止むまで、白木君は静かに待ってくれた。
*
「――大変、お騒がせしました」
頭を下げて、謝る。
「気にしなくてもいいよ。それより、もう大丈夫?」
「うん、お陰様で落ち着いた。本当にごめんね」
顔を上げた先にいるのは、もちろん白木君だ。
あの後、泣き止んだ私は白木君と近くのファミレスに移動した。
道端で泣いてしまい目立っていたので、その場にいるのが恥ずかしかったのと、迷惑をかけた白木君にちゃんと謝りたかったから、腰を落ち着ける所へと来たのだ。
「落ち着いたなら良かった。僕が悪いのなら、謝らなきゃいけないのは僕の方だよ。ごめん」
「違うよ! あれはりっちゃんが勝手に言っただけで。白木君のせいじゃないの」
「いや、でも――」
「本当だよ。私が泣いたのはただ……白木君の優しさが心に染みただけだよ!」
「いや、何それ」
私が泣いたのは、白木君の優しさが心に刺さったからだ。
凄く悩んでて、でも迷惑をかけたくないから相談もできなくて。
どうしようも無いときに優しくされたのだ。しかも、自分のことが小説を書けないことも顧みず。
そんなの、グッときちゃうじゃないか。
白木君に謝られたので、そこは急いで訂正する。
正直に考えていたことを言うのは恥ずかしかったので、曖昧な言葉で伝える。
「そういうわけで、白木君のせいじゃ無いからね。本当だからね!」
「う、うん。分かったよ」
「うむ、分かればよろしい」
「急に上から!」
二人で顔を見合わせて、思わずお互いに吹き出す。
いつの間にか、白木君と話す時に感じていた気まずさも消えていた。
無理やりにでも、今の状況を作ってくれたりっちゃんに感謝だ。
まあ、後で文句は言うけどね。
「それで、漫画の方はどうする? あまり見られたくないなら見ないけど」
「あ、ごめんだけど。漫画はまた見てもらえると嬉しいな」
「ん、分かった」
漫画のアドバイスを貰うことについて、再び白木君が提案してくれた。
今度は素直にお願いをする。
でも、白木君の優しさに甘えてばかりなのも嫌だ。
私も何かお返ししたい。
そう思った私は、何となく口を開いた。
「白木君は小説の方は進んでるの?」
白木君は読者の視線が気になって小説を書けていない。
それは個人の感覚の問題で、他人がどうこう出来るものじゃない。それでも私に手伝えることがあれば、手伝いたい。
何か書くきっかけになるようなことができればいいけど。
「小説は……進んでないかな」
「そうなんだ……やっぱり書けないんだね」
「うん、プロット……話の流れみたいなものなんだけど、それは組めるんだけどね」
お話の枠組みはできているけど、実際に書いていくことができないってことだろうか。
何か私にできることはあるかな……。
「そっか……私に何か手伝えることがあったら言ってね」
「うん、ありがとう」
すぐには思いつかなかったので、ひとまず手伝う宣言をする。
その後は、白木君のお言葉に甘えて、今書いてる分の漫画のネームを見てもらった。
ただ、感想はやはりいつもと変わらなかった。
白木君の時間を貰ってるのだから、すこしでも成長したいのだけれど、うまくいかない。
ため息を吐く私を見て、白木君が苦笑いした。
「お互い、苦労するね」
「本当、そうだね。なかなかうまくいかないもんだね」
「だね。半端者な僕達、二人を足して二で割ったら。ちょうど良くなりそうなのにね」
白木君の言葉に、なるほどと思う。
私はお話が作れなくて、画は描ける。
白木君はお話が作れて、文が書けない。
漫画と小説の違いはあれど、二人のできる所と、できない所が、ちょうど逆になっているのだ。
だから、白木君の言うように足して二で割ったらちょうど良く――。
「そうだよ!」
「おわっ。急にどうしたの?」
私が突然あげた声に、白木君が驚く。
「足して二で割ったらちょうど良いなら、二人でかけば良いんだよ!」
「二人で……書く?」
疑問の表情を浮かべる白木君に私は頷いた。
「ねぇ、白木君。白木君が作るプロット、私が作品に仕上げたら駄目かな?」
「え? 今井さんが、僕の代わりに書くの?」
「うん、私が白木君の筆になるよ。ただ、書くのは小説じゃないけど」
「それって、まさか……」
ここまで話したら、白木君も察したようだ。
「うん。白木君が原作で、私が作画。二人がやれる所を合わせるの! 一人でやって駄目でも、力を合わせればきっと上手くいくよ!」
ストーリーが作れない未熟者な私。
小説が書けない繊細な白木君。
例え二人共に半端だったとしても、二人が合わされば一人前だ。
白木君が半端なのは精神的なものだから、いつか一人で書けるようになるかもしれない。
それでも、あんなに面白いお話を考えられる人が、今書けずに悩むのはもったいない。
それなら二人で頑張ってみたい。そう思ったのだ。
「僕が原作……て、そんなのいいの?」
「ちょっと待って。編集さんに聞いてみる」
白木君が戸惑いながら尋ねてきた。
原作と作画が別という漫画はそれなりにある。
大丈夫だとは思うけど、念のため確認するために、私はスマホを取り出すと、急いで清水さんに電話をした。
清水さんは二回のコールですぐに出てくれたので、事情を説明する。
「――原作を別の人に?」
「はい、駄目ですか?」
「うーん、駄目じゃないけど。……そうだね、一度作品は読んでみたいかな」
「ありがとうございます! じゃあ描いたら原作の人と一緒に見せに行きますね」
清水さんは少し渋ったような雰囲気を漂わせつつも、原作を別の人に書いてもらうことを認めてくれた。
いや、見せた作品の内容によっては、やっぱり駄目と言われるかもしれない。
私は白木君にその事を伝えた。
「編集さんには面白い作品を見せれば問題無しだよ。ねぇ、白木君。白木君自身が小説を書けるようになるまでで構わないから。だから、私と漫画を描いて欲しい。お願いします」
頭を下げて、白木君にお願いする。
沈黙が訪れる。
白木君が今、何を考えているかは分からない。
私は頭を下げた状態で待ち続けた。
「……僕は小説家だから」
どれぐらい経っただろうか。
白木君が口を開いた。
「だから漫画としての面白い話の書き方は分からない」
ゆっくりと、言葉を紡いでいく。
「それでも、もし一緒にやるなら本気でやる。試しにやってみる、なんて軽い気持ちじゃなくて、編集さんを唸らせるような作品を作れるように全力を尽くす」
聞こえてきた言葉は、真剣そのもので。
思わず顔を上げると、真っ直ぐに、自分を見る目とぶつかった。
「今井さんも、その気持ちでやってくれるのかな?」
その視線に、その言葉に、身震いした。
あれだけの小説を書ける人が、対等な目線で、私の覚悟を尋ねてきている。
ここで引くなんて――あり得ない。
私はしっかりと白木君を見返した。
「もちろん!」
言葉と共に力強く頷くと、白木君が笑った。
「それじゃあ、改めてよろしくね」
「うん、ありがとう! ……でも、小説の方が書けるようになったら、そっちを優先してもらって大丈夫だからね」
白木君の代わりに作品を形にしたいと思っているけど。それはあくまで、白木君が小説を書けないからだ。
白木君が将来、書けるようになったら、その時は白木君の邪魔をしたくない。
だから、その点については念を押した。
「書ける目途も無いし、今は二人の作品に全力を尽くすよ。それに、お礼を言うのは僕の方だ。ありがとう、色々と考えてくれて」
「う、ううん。私の方が助かってるから」
しかし、白木君は笑顔で全力を尽くすと言ってきた。
これでは、これ以上強く言いづらい。
白木君は優しすぎるよ。
「それで、どう進めようか」
「あぁ、うん。白木君はネームとか書いたことは無いよね?」
「うん、書いたことない」
「じゃあ、とりあえずプロットを組んで欲しいな。その通りに私がネームを起こすよ」
「分かった。プロットはできるだけ細かく作るね」
「うん、お願い」
白木君と細かい所をすり合わせていく。
全部決め終わった時には日が沈みかけていたため、店を出た。
途中まで一緒に帰る。
遠慮したけど、家の近くまで白木君は送ってくれた。
やっぱり、白木君は優しい。
私は今日の出来事を思い返すと、高揚した気持ちをぶつけるように画を書く練習を始めた。
白木君はきっと、最高なお話を持ってきてくれる。
私はそれに画で応えるんだ。
*
「今回の、やっぱめっちゃ面白いね」
ページを捲りながら、りっちゃんが言う。
「でしょ! やっぱ、白木君の作る話って面白いよね」
「画も綺麗だしね」
「ありがとう!」
私がテンション高めに白木君の原作を絶賛したら、りっちゃんに作画についても褒められた。
照れながらお礼を言うと、りっちゃんにまた頭を撫でられた。
「それで、いい感じなの?」
ひとしきりじゃれた後、りっちゃんが尋ねてきた。
「調子良いよ。前回のはそれだし、今回のも編集さんに褒められてるし」
実際、二人で描くようになってから、かなり順調だ。
だから、素直に答えたのだけど。
「違う。白木君との関係だよ」
続くりっちゃんの言葉に、私はむせた。
「ちょっ、私と白木君はそんな関係じゃ――」
「いいじゃん、別に」
「良くないよ。第一、もし何かあってもその後上手くいかなかったら気まずいよ」
全く。この友達は何を言い出すのか。
「あー、確かに。友達以上、恋人未満ぐらいがちょうどいいかもね」
「だから、そんなんじゃないって――」
「――何の話?」
突然、後ろから降ってきた声に、心臓が跳ねる。
振り返ると、そこには話題の人――白木君がいた。
「な、なんでもないよ!」
慌てて、手を振りながら話を終わらせる。
さっき、りっちゃんが変なこと言ったから、顔が熱い。
白木君が訝し気な表情をする。
「ふーん。……あ、宮下さん。もしかして、それ読んでくれたの?」
視線をりっちゃんへと向けた時に、りっちゃんが持っている本に気が付いた。
それは某有名な週刊誌で。
私達の読切り作品が載った記念すべき雑誌だ。
りっちゃんは普段この雑誌は読まないのだけど、私達の作品が載るということで、わざわざ買ってくれたのだ。
「あ、うん。読んだよ。めっちゃ面白いね」
「ありがとう」
「連載はいつからなの?」
「その読み切りの反応次第かな。駄目なら、また新しいので勝ち取らなきゃいけない」
りっちゃんの問いに白木君が答え、私も頷いた。
「そうなんだ。連載されることを祈ってるね」
「ありがとう。まあやれると思うよ」
白木君の強気な口調に、りっちゃんが驚いた表情をした。
というか私も驚いている。
「僕ら二人なら、最高の漫画が描けるからね」
そう言って、こちらを見る白木君。
一瞬、呆けたけど、すぐに私も頷いた。
そうだ。私達二人なら描ける。
今の私は半人前だけど、白木君と一緒ならやれるんだ。
「うん、描こう! 最高の漫画を」
決意を新たに、私は笑って宣言した。




